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第13話 追憶 5
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3歳から8歳にかけての僕の人生で、日常生活の大部分を占めていたのはルヴィアとティエラのことだ。2人の買い出しを手伝ったり、ルヴィアの朝練に参加してみたりとさまざまなことをした。もちろん〈解読〉と〈複写〉の訓練は1日もサボらず続けていた。
そんな日常の中、特に忘れられない出会いを2度経験した。
1人は王国筆頭宮廷魔術師シャヒール・クルメス。
もう1人は神代言語学科主任教授ブルックス・ゴル・フリードマンだ。
僕が7歳のとき――つまりルヴィアとティエラが9歳のとき、筆頭宮廷魔術師シャヒール・クルメスはルヴィアとティエラの前に現れた。
髪の長い優男風で、丈の長いローブを着ていた。
(十二単かよ)
そう内心でツッコんだほど何層にも重ねられた色とりどりのローブが印象的だった。
神経質に前髪を長い指先で整える姿や時折孤児院の窓ガラスを鏡代わりにする姿などを見て、ナルシストだと確信した。
どうせ服もそのナルシストぶりをこじらせたためだろう、と勝手に思っていた。
だが違った。
彼の実力は彼の派手な装束に相応しいものだったのだ。
シャヒール・クルメスの持つ天与ランクA-の大魔術師のクラスを持つ者はかなり少ない。希少性の高い職業だった。無論、勇者であるルヴィアには明らかに劣るし、聖女であるティエラと比べても劣る。
しかしシャヒール・クルメスは、もう1つ天与を持っていた。天与2つ持ちはダブルと呼ばれるが、ダブルで両方の天与ランクがA以上というのは極めて珍しかった。
何よりも彼のもう1つの天与〈マナ式魔術〉は非常に大魔術師のクラスと相性が良いスキルだったのだ。
「魔法には、2つあります」
孤児院の中庭に、筆頭宮廷魔術師シャヒール・クルメスの涼やかな声が響く。いちいち言葉を区切るたびに、ルヴィアとティエラ姉ちゃんに流し目するのはいただけないが、筆頭宮廷魔術師の魔術の授業には僕も興味津々だった。
それなりに天与ランクの高い孤児達もいたが、シャヒール・クルメスの視線はルヴィアとティエラにだけ注がれている。
立っている筆頭宮廷魔術師を囲み、孤児達は芝生に腰を下ろしていた。
「1つは、自力式魔術とでも呼ぶべき、誰もが扱える普通の魔法です」
彼は指先を振るい、短く詠唱した。人差し指の先に小さな炎が宿る。
「自力式の利点は素早く魔法を発動できる点です。しかし自らの体内魔力を使用するため、連続して使用することは困難です。一般的によく知られている魔力切れを起こして魔法が一時的に使えなくなるといった現象の他にも問題点があります。それは何かわかりますか? ティエラさん」
授業でもないのにティエラを指す。
ティエラは立ち上がり落ち着いた様子で答えた。彼女自身、優れた魔法の使い手だ。聖女は、神聖魔法や回復魔法や水魔法などを得意としている。まったく異なる複数の魔法に対して適正があるのは、聖女という高ランクの天与を持っているからこそだ。
「魔力欠乏です」
そう答えた彼女は、一緒に聞いている孤児達の中にわかっていない様子の子供がいるのを悟ると、説明を続けた。
「魔力切れは、体内の魔力が枯渇した状態。そのため魔法が使えなくなる状態のことです。魔力欠乏は、大量の魔力を1度に放出したために起こる魔力的な貧血状態のようなものです。こちらは魔力切れに比べて回復が早いです」
「その通り! 素晴らしい! さすが聖女様です!」
シャヒール・クルメスの大絶賛に、困ったような曖昧な笑みを浮かべたティエラ姉ちゃんは、小さく頭を下げてから腰を下ろした。
「簡単に言えば、魔力欠乏が起きるため、自力式では強力な魔法を使うことが難しいのです。倒れることを覚悟で全魔力を放出することはできますが、非常に危険です」
(MP100あるからって、消費MP100の魔法はぶっ放せない、ってことか……)
ゲームでいうところのMPに当たるのが魔力。そして魔力は精神力と密接に関係しているという。
そんなものが一瞬で満タンからゼロになったら、そりゃ精神に影響も出るだろう。
(現実の魔法使いってのは制限が多いもんだな……)
「ですがマナ式は違います。万物に宿るマナを利用することができるのです!」
天与〈マナ式魔術〉を持つシャヒール・クルメスは、大気中のマナをかき集めて精製し、自分のMPにできるという。
先ほどの例でいうならMP100だが、大気中のマナからMP100をゲットして、トータルMP200になるということだ。
このマナ式魔術には利点が2つある。1つは魔力切れを起こしにくいこと。言い換えるなら、その場その場で大気中のマナを吸収して精製すれば、魔法をいくらでも使用できるという長所がある。
もう1つは、大魔法の使用も容易になるということ。同じMP100の魔術師2人が消費MP100の魔法を使ったとしても、マナ式でトータルMP200にしている魔術師のほうは魔力欠乏が起きない。
外付けハードディスクみたいで便利だが、習得難易度が高くて使用できる者が少ないという欠点がある。
天与として、神から与えられた力なので、シャヒール・クルメスは別に複雑なマナ式を理解しているわけではないようだ。
というか、マナ式は天使や魔神、精霊などが本来使用する魔術の方式で、基本的に人間が習得できるものではない。平たくいうとチートくさい能力だった。
そんな日常の中、特に忘れられない出会いを2度経験した。
1人は王国筆頭宮廷魔術師シャヒール・クルメス。
もう1人は神代言語学科主任教授ブルックス・ゴル・フリードマンだ。
僕が7歳のとき――つまりルヴィアとティエラが9歳のとき、筆頭宮廷魔術師シャヒール・クルメスはルヴィアとティエラの前に現れた。
髪の長い優男風で、丈の長いローブを着ていた。
(十二単かよ)
そう内心でツッコんだほど何層にも重ねられた色とりどりのローブが印象的だった。
神経質に前髪を長い指先で整える姿や時折孤児院の窓ガラスを鏡代わりにする姿などを見て、ナルシストだと確信した。
どうせ服もそのナルシストぶりをこじらせたためだろう、と勝手に思っていた。
だが違った。
彼の実力は彼の派手な装束に相応しいものだったのだ。
シャヒール・クルメスの持つ天与ランクA-の大魔術師のクラスを持つ者はかなり少ない。希少性の高い職業だった。無論、勇者であるルヴィアには明らかに劣るし、聖女であるティエラと比べても劣る。
しかしシャヒール・クルメスは、もう1つ天与を持っていた。天与2つ持ちはダブルと呼ばれるが、ダブルで両方の天与ランクがA以上というのは極めて珍しかった。
何よりも彼のもう1つの天与〈マナ式魔術〉は非常に大魔術師のクラスと相性が良いスキルだったのだ。
「魔法には、2つあります」
孤児院の中庭に、筆頭宮廷魔術師シャヒール・クルメスの涼やかな声が響く。いちいち言葉を区切るたびに、ルヴィアとティエラ姉ちゃんに流し目するのはいただけないが、筆頭宮廷魔術師の魔術の授業には僕も興味津々だった。
それなりに天与ランクの高い孤児達もいたが、シャヒール・クルメスの視線はルヴィアとティエラにだけ注がれている。
立っている筆頭宮廷魔術師を囲み、孤児達は芝生に腰を下ろしていた。
「1つは、自力式魔術とでも呼ぶべき、誰もが扱える普通の魔法です」
彼は指先を振るい、短く詠唱した。人差し指の先に小さな炎が宿る。
「自力式の利点は素早く魔法を発動できる点です。しかし自らの体内魔力を使用するため、連続して使用することは困難です。一般的によく知られている魔力切れを起こして魔法が一時的に使えなくなるといった現象の他にも問題点があります。それは何かわかりますか? ティエラさん」
授業でもないのにティエラを指す。
ティエラは立ち上がり落ち着いた様子で答えた。彼女自身、優れた魔法の使い手だ。聖女は、神聖魔法や回復魔法や水魔法などを得意としている。まったく異なる複数の魔法に対して適正があるのは、聖女という高ランクの天与を持っているからこそだ。
「魔力欠乏です」
そう答えた彼女は、一緒に聞いている孤児達の中にわかっていない様子の子供がいるのを悟ると、説明を続けた。
「魔力切れは、体内の魔力が枯渇した状態。そのため魔法が使えなくなる状態のことです。魔力欠乏は、大量の魔力を1度に放出したために起こる魔力的な貧血状態のようなものです。こちらは魔力切れに比べて回復が早いです」
「その通り! 素晴らしい! さすが聖女様です!」
シャヒール・クルメスの大絶賛に、困ったような曖昧な笑みを浮かべたティエラ姉ちゃんは、小さく頭を下げてから腰を下ろした。
「簡単に言えば、魔力欠乏が起きるため、自力式では強力な魔法を使うことが難しいのです。倒れることを覚悟で全魔力を放出することはできますが、非常に危険です」
(MP100あるからって、消費MP100の魔法はぶっ放せない、ってことか……)
ゲームでいうところのMPに当たるのが魔力。そして魔力は精神力と密接に関係しているという。
そんなものが一瞬で満タンからゼロになったら、そりゃ精神に影響も出るだろう。
(現実の魔法使いってのは制限が多いもんだな……)
「ですがマナ式は違います。万物に宿るマナを利用することができるのです!」
天与〈マナ式魔術〉を持つシャヒール・クルメスは、大気中のマナをかき集めて精製し、自分のMPにできるという。
先ほどの例でいうならMP100だが、大気中のマナからMP100をゲットして、トータルMP200になるということだ。
このマナ式魔術には利点が2つある。1つは魔力切れを起こしにくいこと。言い換えるなら、その場その場で大気中のマナを吸収して精製すれば、魔法をいくらでも使用できるという長所がある。
もう1つは、大魔法の使用も容易になるということ。同じMP100の魔術師2人が消費MP100の魔法を使ったとしても、マナ式でトータルMP200にしている魔術師のほうは魔力欠乏が起きない。
外付けハードディスクみたいで便利だが、習得難易度が高くて使用できる者が少ないという欠点がある。
天与として、神から与えられた力なので、シャヒール・クルメスは別に複雑なマナ式を理解しているわけではないようだ。
というか、マナ式は天使や魔神、精霊などが本来使用する魔術の方式で、基本的に人間が習得できるものではない。平たくいうとチートくさい能力だった。
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