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旧市街での出会い
しおりを挟む「ねぇ、ブレッド!どうすんのよ!」
魔女カミラは、箒に跨りすごいスピードで飛び、赤い司祭服の集団から逃げている状況だ。
カミラの背中には、おさげの少女フィーネが必死にカミラにしがみついている。
「とりあえず、逃げるしかねぇだろーが!」
ブレッドと呼ばれた元傭兵の青年は、魔力を動力源としたルーンバイクと呼ばれる二輪車でカミラと並走していた。
「でもブレッドさん、どこに逃げたらいいです!?」
そのブレッドの少し後ろを追いかけるように、ゴーグルをつけた短髪の少年アルフはフライボードと呼ばれる羽の付いた簡易飛行装置を器用に操縦しながら問いかけつつ、右手に持ったリボルバーで背後に銃口を向ける。
パン!パン!パン!
アルフは四人を追って来る集団に威嚇射撃を行いつつも、速度は落とさず逃亡を続ける。
「あぁ?とりあえず、奴らを撒いてから考えるぞ!カミラ!アルフ!お前ら、あそこの崖から飛び降りれるか!?空飛んでるんだから出来るだろ?」
「はぁ?あんたはどーすんのよ!」
「俺にはこのバイクがある!とりあえず、俺が囮になるからよ、お前ら先に行け!商業都市ピドルナで合流だ!」
そう言ってブレッドは懐にしまっていた煙幕弾を地面に叩き付け、一瞬だけブレッド達を追いかけている集団の目を眩ませる事に成功した。
「全く、あんた!死ぬんじゃ無いわよ!」
「ブレッドさん、ごめんなさい!」
「馬鹿やろ、そういう時はありがとうと言えって何度も言っただろが!早く行け!」
まずは箒に跨ったカミラとフィーネが、崖から飛び降りあっという間に崖下の森へと滑降していく。
それに続いてフライボードに乗ったアルフも崖から滑空していき、カミラ達の後に続く。
それを 見届けた後、ブレッドは右脚のホルダーに括り付けていたショットガンを準備し、煙幕に向けて発射した。
ズガァン!ズガァン!
『うわ!くっそ!ケンがやられた!』
『風魔法を使える奴はいるか!煙幕を払え!』
『いいか、バイクの男と魔女は殺して構わん!だがホムンクルスのガキ二人は生け捕りにしろ!多少痛い目に合わせるくらいなら大丈夫だ!』
『今更言われずとも分かってる!』
煙幕の中から声が近づいて来たのを尻目に、ブレッドは『本気』でルーンバイクを走らせる。
『いたぞ!…バイクの男しか居ないだと!?ガキどもはどこに行った!?』
『ふん!あの男を捕まえて尋問したらいいだろう。』
背後から赤い司祭服の集団がルーンバイクに乗ってブレッドを追いかけて来るが、ブレッドの操るルーンバイクはドンドンとスピードを上げ追っ手を引き離していく。
「へっ、遅い遅い。俺の可愛い改造バイクちゃんに追いつけるモノなら追いついてみなぁ!」
背後から怒声と共に銃声が鳴り響くも、本気を出したブレッドのバイクに司祭服集団は追いつくどころか、ついていく事すら出来ないでいた。
(無事、ピドルナに着いてくれよな、カミラ。アルフとフィーネを任せたぞ。)
崖から飛び降りた三人に追いつくべく、ブレッドはバイクを走らせる。
司祭服集団はブレッドに引き離され、遂には見失ってしまう。そして憎々しげな表情を浮かべつつも、ブレッド達の人相をしっかりと覚え組織へと情報を持ち帰るのであった。
この話は、禁忌の錬金術で作られた二人のホムンクルスの少年少女が元傭兵の青年と出会って生き残る為に逃亡しながらも精一杯戦う物語である。
では、時間を巻き戻して、彼らの出会いからその物語を覗いてみるとしよう。
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ユストリア大陸南西部にあるミロフ帝国の首都ガザン。ここは、蒸気機関で出来た大陸横断鉄道の始発地であり、また大海にも面し海洋貿易も盛んで各国の名産品や様々な文化が一堂に集まる交易都市として非常に栄えている。
その分治安も悪くなりそうなものだが、首都ガザンでは治安維持の為の騎士団として帝国警備隊を編成し、悪漢どもが中々に悪さをし難い環境が整って、市民に安全と平和を提供していた。
また、過去三年前迄はミロフ帝国内部で宗教が絡んだ内戦があり、海に面していない首都ガザン周辺には現在も大きな城壁が都市を守るようにそびえ立っている。
レンガで舗装された道路と石灰岩の白で統一された建物が並ぶ街並みは、それだけで芸術とも言える美しさを演出していた。
しかし、光あるところに影あり。
城壁に囲まれた首都ガザンは平民ですらも何不自由ない生活を謳歌しているのに対し、城壁外の旧市街と言われる郊外は過去の内戦の影響から抜け出せず、剣撃や銃創の残る建物や魔法で焦げた道路が未だに放置されているスラム街となっている状況である。そこは帝国警備隊も巡回を躊躇うほどの治安の悪さを呈していた。
旧市街と言えば聞こえはいいが、言わば復興する為の予算を削り、城壁内部にある新市街の発展へと税金をつぎ込んだ首都ガザンの政策の弊害と言えよう。
しかし、復興がされて居ない分旧市街は住民税の免除があり、新市街にはない混沌とした活気に溢れていた。
この物語の主人公であるブレッドという青年は、旧市街に住居を構えている。
今年21歳の若者で優男然とした甘い顔立ちに似合わず、過去の内戦で傭兵をしていただけあり、体は引き締しまっていて女性には不自由しない容貌だと言えるだろう。
ただ、ブレッドが得意とするのは純粋に己の体力と銃の腕な為、内戦の終わった今では力仕事の日雇いでその日暮らしをしている状況であった。
「はぁ… そろそろまともな職、探さねぇとなぁ。」
日雇いの仕事が終わったブレッドは旧市街の路地裏を通りながら、ふと空を見上げる。古い住居に囲まれた狭い路地から見える空は、夕方前にもかかわらず曇天で暗く陰気な様子を醸し出し、金がないのも相まって余計に気分が滅入ってしまった。
ブレッドはその若さに似合わず、疲れ切った様子でトボトボと路地裏を歩いて帰路についていた。
そんな時、路地裏の奥から複数人の走る音と男の怒鳴り声が響いてきた。
「また厄介ごとかよ。めんどくせぇ。関わりたくねぇな。」
旧市街では路地裏に関わらず何かとトラブルが発生している為、怒鳴り声や喧嘩などは日常茶飯事だ。ブレッドはいつもの事だと思い、短い赤髪を撫で付けながら「やれやれ」と気怠げに、怒鳴り声から迂回して帰る事にした。
怒鳴り声や走り回る音が徐々に遠くなってきた頃、ブレッドは自宅前の脇にあるゴミ箱の影に、薄汚れたボロ切れ同然の貫頭衣を着た少年少女の二人が、暖めう様に体を寄り添わせうずくまっているのを発見した。その二人は、貫頭衣以外は何も身にまとっておらず、今まで素足で歩いていたのか足も擦り傷で血が滲んでいて痛々しい。
(最近、旧市街とは言えガキの浮浪者は少なくなってきた筈だが… まだ居るんだな… 。)
ブレッドは眉をしかめつつ、そのままうずくまっている二人を素通りして自宅に帰ろうと足を進めた。
扉を開ける直前にチラリと様子を伺うも、少年少女は俯いたままピクリとも動かなかった。
(… チッ。このまま見捨てたら目覚め悪いヤツじゃねぇかよ!チクショウ!)
胸中で文句を言いつつ、少年と少女の前にブレッドはしゃがみこみ声をかける。
「おい、お前ら。生きてるか?」
二人はゆっくりと顔を上げると、力なくブレッドを見上げた。少年と少女は、男女の双子なのか、明らかに血の繋がりを感じさせるそっくりな目鼻立ちで、そこそこ整った顔立ちをしていた。年は12歳から13歳と言ったとこか、幼い顔立ちながらも二人ともその手の好事家に人気の出そうな妙な雰囲気を持っている。
「…腹減ってるなら、今日だけ飯、食わしてやるぞ。俺の家の前で死なれたら後味悪いからな。」
この出会いが、ブレッド達の運命の歯車が動き出した瞬間となった。
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