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プロローグ
しおりを挟むアレックスの大好物は無骨なバゲットサンドだ。
「今日のサンドイッチすっげぇでかいですね!」
新人の護衛がアレックスに声をかけた。周りの同僚たちはあちゃーと顔に手を当てているが新人は気が付かない。その言葉は禁句なのだ。アレックスを怒らせるとかそういう意味ではなく、長い長い惚気話に付き合わされるからだ。
だが新人がそう言いたくなるのも無理はない。サンドイッチといえばお上品な食パンで作られた三角形のものを思い浮かべるだろうが、アレックスが持っているそれはバゲッド丸々一本を縦に切りソーセージ、ゆで卵、レタス、トマト、ピクルスにマヨネーズが豪快に挟まっていたのだ。一般男性ならばこれ一つで一日分の食事になりそうなくらいの量である。
「これか? 俺の愛夫弁当よ」
「あーアレックスさんとこの」
新人が「今日の朝食はライスだったんだ」という気軽さで返される。近年この国では同性同士の結婚が認められ、配偶者が異性でも同性でも珍しくない時代になっている。
アレックスとその夫も多分に漏れず結婚している。
「あいつが大喰らいで料理に関しては大雑把だってわかったのは護衛をしていた時の昼飯にだな……あの時は……」
さて始まってしまった。アレックスの惚気話である。他の護衛はいつものことだと知らぬ存ぜぬで職場に戻って行く。まだ新人であるリュートはアレックスの話が休憩いっぱいまで長引くことを知らない。
あ、これ先輩が満足するまで終わらない話だと新人が気がついた頃には休憩時間は終わっていた。
「アレックス。今日は屋敷内の警備ですか?」
数時間が、屋敷の柵越しからアレックスに声をかけたのは、背の高い美丈夫であった。片目に繊細な細工のモノクルをつけ、黄味の強いブラウンアイ、天使の輪が見えるくらい艶のある薄緑色のストレートヘアを軽く三つ編みにしている。文官の印のピアスとバッジ、ぱっと見女性らしい美しい顔のパーツ配置だが所作や骨格から男だとわかる。高級そうな厚手の布地を使ってはいるが文官らしく機能的な服を着ていた。
「ああ。ご子息が剣の稽古をしたいっていうからな、家庭教師をつけてたんだよ。そっちはどうだ?」
「今さっき業務が終わってあなたを迎えにきたところです。そろそろ帰りましょうか」
夫のキアラン・フィンレーが提案していると夕方の鐘が鳴る。時計のないこの国では鐘楼から聞こえてくる鐘の音が時を知らせる合図として使われていた。
「相変わらず時間にキッチリだなあキアランは。ちょっと待っててくれリュート達に声かけてそっちに行くな」
「ええ。待ってます」
支度を終えて二人並び立つ。黄昏時の空は赤い。遠くで家路につく子供達の声や夕飯の準備をしている匂いがする。今日も平和に仕事を終えることができた。
「夕飯何作る?」
「そうですね……昨日余ったシチューをクリームソースにしてチキンソテーにかけてみましょうか」
「いいな。それと温野菜はどうだ?」
「いいですね。寒いですし早く帰りましょう」
自然な仕草で二人は手を繋いで帰路に着く。くすりとアレックスが笑った。
「なんだか、こんだけ寒いと思い出すな。お前と……キアランと出会った時のこと」
「ふふ……このくらいの時期でしたもんね」
アレックスは二人が出会った二年前に思いを馳せた……
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