愛夫弁当はサンドイッチ─甘党憲兵と変態紳士な文官さん─

蔵持ひろ

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「なんだい、あんたの頼みってのは……」
 
 疑問を投げかけると美人な男は少し前のめりになってアレックスに顔を近づけてきた。涼しげな目元を柔らかくする。そうすると親しみやすい雰囲気が出た。
 
「その前に申し遅れました、私キアラン・フィンレーと言います。あなたには、私の警備をしてほしいのです」
  
 一介の憲兵にボディーガードの話か。アレックスは話を聞く気が失せた。キアランから離れソファの背に持たれるように座る。そもそもアレックスは一個人の警備なんて興味がない。
 アレックスがイメージする護衛とはこうだ。四六時中同じ人物にひっついて、時には召使のように御用聞きをする便利屋。考えただけでもゾッとする。
 次に頭に思い浮かんだのは、以前助っ人として向かった個人警備先での雇い主の横暴な振る舞いだ。まさかとは思うがこの美しく上品そうな男もそんな振る舞いをするかもしれない。なんだか落胆してしまった。
 
「俺の名前はアレックスだ。言っておくけど俺はただのなんて事ない下っ端憲兵ですが。そこのところわかってます?」
「ええ、もちろん。その上であなたに頼みたくてこちらに伺いました。アレックスさん、あなたのような実戦に強い、すぐに行動に移せる方に守っていただきたいのです」
 
 今の自分にはその褒め方も白々しく感じる。そもそもアレックスは個人を守るのではなく地域の人々の安全を守る憲兵として働いている。個人の安全は、私設の会社や王侯貴族であれば王国所属の騎士が守る。ただの文官が憲兵を呼び寄せて警備を依頼できるわけがない。
 
「アレックス、言葉を慎め。申し訳ありません若輩者で……」
「いえ、気にしておりません」
 
 へこへこと腰を低くしへりくつだる上司を見てアレックスは察した。目の前にいるこいつは貴族だ。そういえば家名はどこかでうっすら聞いたことがある。だから警備もしてもらえるし、憲兵に取り計らいをしてもらえるのだ。
 
「フィンレーさん……でしたっけ? 俺にはそんな大役なんてとてもとても……警備でしたら王宮にいる近衛兵に頼んだ方がよろしいんじゃないですかね?」
 
 小さな反発心。慇懃無礼に目の前の男に不審な視線を送る。どれだけ金を積まれても断るつもりだった。こいつもカフェで席を譲らせた貴族と同じものだと思った。そう言う奴らは権力で自分の思い通りにするのだ。
 アレックスはハンカチを傷に当ててくれた恩などすっかり吹き飛んでいた。そもそも怪我をしたのもこのキアランが泥棒にあったせいだ。
 
「そうですか……残念です。では、せめて他の方が見つかるまでの代理……はいけませんか?」
 
 伏し目がちに本当に残念そうに落ち込まれる。ただ一言断っただけなのに顔を伏せ、この世の終わりのような態度。まるで明日隕石が落ちてきて滅んでしまうかのような悲壮感が漂っている。少し罪悪感がわいてくる。
 上司がアレックスを肘でせっつく。貴族に逆らってもいいことはないと言う判断だろう。

「……今回施行しようという法律は、必ずあなた方の生活を良い方向へと変えていくでしょう。どうか、そのお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか」

 切実なその声にアレックスは弱い。まるで自分がか弱い人をいじめているみたいじゃないか。ちくちくと心が痛んできた。なんで貴族なのに偉そうな態度で命令もせず、憲兵に頼む事ができるのか。これでは折れてしまうしか無い。

「……本当に次の人が見つかるまでですよ」
 
 渋々返事をする。結局貴族の男の言う通りになってしまった。
 
 ※※※※※
 
「ここが私の仕事部屋です」
 
 副文官長室と表に書かれた部屋は中央に来客用のソファ四対と低めの机、奥にフィンレーの仕事机である書類棚と机が一体になった家具が置いてある。壁の両側面とも仕事関連の本で埋め尽くされているが不思議と圧迫感は感じない。
 
「机や椅子が必要なら仰ってくださいね」
「いえ結構です」

 アレックスはすげなく断った。立っているのが一番動きやすい。自分の護衛なのに気遣うなんて変な人だと思った。それに机が足の前にあったら咄嗟に動いてフィンレーの元に駆けつけるのも遅くなる。護衛の基本は動きやすさ優先だ。
 
「ここに過ごすのは自由にして構いませんが、一つだけ約束事を」
「はい」
「この机の中段、そこに仕事で大事なものがあるのですが触らないようにしてくださいね」
「承知しました」
 
 細めの鍵で開けられた引き出しから、直方体の塊が机の上に載せられた。一見見ると長方形の塊で、持ち手は黒く艶塗りされている。見た目他の木でできた印鑑と変わらないのだが。
 
「実はこの印鑑、見た目や重さは通常の木印と変わらないのですが、中身は貴重なラピスラズリでできていましてね……しかももろくて床に落としただけでひび割れてしまうのです。私としても扱いかねる代物なんですよ」
 
 苦笑しながらそう説明されると、文官もこういった道具の管理は大変なんだなと思わされる。
 
「あーーわかります。うちも武器の管理はうるさくって。月に一回の点検は面倒で面倒で……」
「ふふ……皆様の税金で全て賄っているとは言え、お互い公の身で大変なところもありますよね」
 
 口角が上がって目尻が下がる。ふわっと微笑んだ目の前の文官は、無表情であると氷のような雰囲気から一変、日向のような柔らかさを感じられるものであった。
 代理が見つかればこの仕事は終わる。すぐ去ってしまう人間に愛想など振りまかなくてもいいのに。提示された給金もいい金額だったし引くて数多だろう。どうせすぐに代理の護衛は見つかるし、気負わずやろう。

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