愛夫弁当はサンドイッチ─甘党憲兵と変態紳士な文官さん─

蔵持ひろ

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 ゆっくりと意識が上がっていく。

「ここは……?」
「僕の屋敷だよ。余分な筋肉のおかげで命拾いしたね」

 声のした方に視線を向けると、ルークが立ってこちらをみていた。キアランはどこかと目を動かして見渡すとルークが指をさす。その先に一人用のチェアでうたた寝をしている護衛対象がいた。ほっと息をついて体の力を抜く。
 アレックスはさらに部屋の様子を見た。やはり知らない部屋だ。豪奢な家具や壺などの置物等の装飾品が部屋に馴染むよう飾られている。おそらくアレックスが一生分の給与を払っても住むことはできないだろう。

「もう……何考えてるのさ。そもそも護衛対象から離れるのがありえないんだけど! 」

 呆れたように、腰に手を当ててルークが説教をしている。穴だらけの作戦に対してだろう。
 アレックスだってわかっていたのだ。急ごしらえで考えた自分の作戦など見破られたらおしまいだ。もしルークの両親が不在でキアランが門前払いされたら?屋敷のものがキアランがいることをルーク達に漏らしてしまったら?アレックスがルークの護衛に時間内に捕まってキアランの居場所を吐いてしまったら?そもそもこの作戦をルークが認めなかったら?
 その全ての不完全材料に目を瞑って押し切ったのだ。護衛としては失格と言われても仕方のないのかもしれない。けれどもそれだけアレックスは一緒にいたかった。たとえ反則と言われても。

「ん……目が覚めましたか?」

 のんびりとした口調と共にキアランがブラウンの瞳を開ける。こちらを見つめると、柔らかい笑顔を向けてくれる。

「結果的に無事ならそれでいいんです。ルーク、彼と二人で話をさせてくれませんか?今後のこともありますし」
「はあ……全く、何かあったらいいなよ!」

 そうぷりぷりと怒りながらも護衛と共に部屋を出ていった。

「さて……」
「フィンレーさん申し訳ないっ……」
「おおっと」
「あなたを危険に陥れて護衛失格です。この処分はなんでも受けます。いっつ……」
「無理はしないでください。命に別状は無いとは言っても安静にしていないと」

 勢い余って起き上がりキアランに近づこうとすると、ひきつれた傷でアレックスの腹が痛んだ。それに一瞬動きを止めていると肩を優しく押されベッドに逆戻りしてしまった。

「そのことについては気にしていませんから。ルークもあの様子ですと私たちを無理やり引き離そうとはしないはずです」
「だといいですがね……」
「それよりもあなたが倒れる前に言った言葉について詳しく聞きたいのですが」

 きた。避けていた話題を正面から振られてキアランを凝視してしまう。むしろ忘れて欲しかった。いつもと変わらない態度に一瞬だけ期待してしまうが、きっと想いは遂げられない。何せ口付けがなかったことにされたのだ。
 これから一生返事が聞けないからこそ正直な気持ちが口から出たのだから。

「それは……あの時の言葉の通りの意味です。忘れてください」
「どうして?私にとって嬉しいことですのに」

 聞き間違いじゃ無いだろうか。アレックスの告白を好意的に見てくれたとは。

「嬉しい?迷惑の間違いですよね?」
「そんなことありません。貴方も私の告白を聞いていたでしょう?」

 うっすらと聞こえてきたような気がするがキアランが愛を囁いてくれたなんてにわかには信じ難い。意識が朦朧としていた自身の脳が見せた幻覚ではないかとさえ思ってしまう。
 素直に信じられなくてフィンレーに疑いの眼差しを向けていると、柔らかく見つめられ無骨な手を取られる。

「信じてください。私は、貴方に出会った時から惹かれていました。ほら、泥棒を捕まえた時があったでしょう」
「……」
「本当は別の方がなる予定だった護衛も無理を言って貴方に代わってもらいました。後から権力を使ってしまったと反省しましたが……貴方と一緒に働くようになって甘いものが好きなところ、知的好奇心が高いところ、全てを好ましいと思いました。一緒に居たいんです」
「あ、ああ……」

 いきなりの好意的な言葉に返事が遅れる。だが相手の言葉の勢いは止まらない。

「怪我さえなければ貴方をここから連れ出して一日中、いや休みが終わるまでずっとベッドの上で愛でていたい。貴方の厚くて色っぽい唇に口付けをしたい」
「ま、待てって……」
「いっそのこと私の家を愛の巣にして一日中貴方を閉じ込めておきたい。休日ごとに貴方の好きな甘いものを食べにデートに行ってもいいですし、ベッドの上で自堕落に過ごしてもいい……貴方の望むままにもしたい。それでも、信じてくれませんか?」
「わかった、わかったから……」
「では私の恋人になってくれますね?」
「なんでそうなるんだよ」
「両想いならば躊躇う必要はないでしょう?」
「身分とか……」
「そんなものはクソくらえです」

 思ったより乱暴な言葉がキアランの口から飛び出してきて驚く。何も言えないアレックスにキアランが畳み掛ける。

「それ以外に懸念材料は?」
「……」
「ふふ……無い、と受け取ってよろしいですね」
「ああもうわかったよ!わかりましたよ!」
「では今日からよろしくお願いします。差し当たって今早急に必要なのは休息です。さあお休みください」

 男の欲らしいことをさっきまで言ってはいたが、アレックスはベッドに戻される。キアランはアレックスの額に触れるだけのキスをすると部屋から出ていった。

「これで……よかったのか?」

 あっさりと気持ちが通じ合ったことに夢のような感じがしたが、柔らかい感触は額に残っていた。枕に頭を預け、目を閉じているとじわじわと実感してきて嬉しさに心が満たされていった。口の端が緩んでしまう。

 三日後、結局ルークに文句は言われず二人は帰された。 
 御者の操る馬車に揺られてあっという間に泊まっていたホテルへと到着する。部屋へ戻ると二人はソファに沈み込んだ。そうして長く我慢していた息を吐く。護衛のアレックスでさえ疲労からだらしない姿を見せてしまう。

「お疲れ様でした。あの様子ですともう護衛云々で言うことはないと思います」
「そうだといいんですがね」
「ルークはダメなことはダメとその場ではっきりいう子です。後からねちねちと抗議はしませんよ」

 幼馴染であるキアランがそういうのだから一安心ではあるのだろう。次の懸念材料はこの繋いでいる手だ。左隣にわざわざ座り、アレックスの手の隙間に指を絡めている。確かめるようにぎゅっと握る力を強くされて鼓動が速くなる。

「……傷の具合はどうですか?」
「ああそれなら、まだ塞がってはいませんが痛みはだいぶひきましたよ」

 腹を出して見せようと一瞬思ったが、まだガーゼをあてた見た目では痛々しく感じるかもしれないと思ってやめた。

「なるほど……無理はさせられませんね。傷が塞がるまで代理の方ですし……寂しいですね」

 フィンレーが刺された方を避けて寄りかかってくる。体格的に自分の方が大きいので余裕で受け止められた。甘い匂いが掠める。同じ石鹸を使っているはずなのにキアランの方が芳しく感じた。
 体をくっつけて目をつぶると生きていられたのだと実感した。本当によく無事だったものだ。アレックスを指したナイフは幸い浅く、臓器にまで達していなかった。その上キアランとルークの護衛が適切な止血処置を行ったおかげで失血量も抑えられたのだ。

「あんたは俺の命の恩人ですね」
「何を言い出すかと思えば……私の方こそ庇ってくださったおかげでこうしてあなたに触れられていますのに」
「……ありがとう」

 二人での旅行の最後の夜はゆっくりと過ぎていった。

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