愛夫弁当はサンドイッチ─甘党憲兵と変態紳士な文官さん─

蔵持ひろ

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「申し訳ありませんでした!」

 朝起きてアレックスが一番に行ったことは、雇い主に謝罪することだった。本人が忘れていても忘れていなくてもアレックスの気が済まない。許してもらえるまで動かないつもりだった。
 床に座って土下座せんばかりの勢いに押されたのだろう、キアランはアレックスの腕を優しく引きよせ体を起こさせると口を開く。

「気に病むものではありませんよ。……むしろご褒美でしたし」

 後半はアレックスに聞こえないくらいの小声で、言い終わった後はアレックスに対して微笑んだ。どうやらマイナスの感情は持たれていないらしくて安心した。
 そんな感じで気まずさを感じることなくルークが指定した場所へと向かう。
 ルーク達と合流すると早速『勝負』の説明が始まった。

「今日は僕の護衛二人と追いかけっこしてもらうよ。場所はこの島全体。最初の10分はハンデをあげる。時間内にキアランが捕まったら負け。時刻は鐘が鳴ったら知らせてくれるから。それでいい?」
「追いかけっこって子供の遊びかよ……」
「だって本気で襲おうとしたらキアランが怪我しちゃうじゃないのさ!」
「はいはい、わかったって。少し作戦を立てさせてくれ」
「いいよ、せいぜい考えるんだね。僕は自分の屋敷で待ってるから」
 
 つんとした態度で、興味なさげに答えられる。ルークはアレックスがキアランを守り切れるとは思っていないのだろう。その油断が勝利の鍵だと思う。
 アレックスが万が一キアランを守り切れたらちゃんと約束は守ってくれると言ってくれた。それは信じていいだろう。こう言った約束に対して貴族は体面を重んじるからだ。どこぞの嫌味を言ったり泥棒しようとする貴族より断然いい。むしろ良心的じゃないかとさえ思う。
 目の前の彼はやんちゃで口ぶりが子供っぽいが正真正銘の貴族だ。本気を出せばあっという間にアレックスとキアランを引き離すのだって簡単だろう。物理的にもだが、精神的にも──例えばアレックスに身に覚えのない不名誉な噂を流し、憲兵組織に圧力をかけることだってできそうだ。
 フェアな勝負をしてくれているうちに認めさせればいいのだ。アレックスはキアランに近づくと、ルーク達に聞こえないよう小声で話す。

「キアランさん、まず聞きたいことがあるんですが……」

 おそらく次の鐘が鳴るのは1時間後。アレックスは余裕で走り切ることはできるが、ずっと逃げていたらキアランの体力はもたない。であれば護衛対象である彼を隠す場所が必要だ。ルークが絶対に思い付かない場所……それはキアランの記憶力と口八丁が必要だった。
 二人の打ち合わせが終わると、ルークが合図を出した。アレックス達は先に逃げて、10分後にルーク達護衛は追いかけてくる。護衛は3人おり単独行動をしている。最初の10分でどれだけ引き離せるかが大事だ。
キアランの記憶を頼りに貴族街へと走っていく。屋敷が立ち並ぶ中で、分かれ道が現れる。ここで足を止めた。

「ここからは一人で行ますか?」
「ええもちろん。子供ではありませんし。お二人は悪戯好きですので私の案にのってくださると思います」

 不安など何一つないように微笑んでこちらを見つめてくる。本心はわからない。ルークが勝利して、引き離される可能性もある。
 アレックスは不安だ。けれどもやるしかない。そのために普段から鍛えてきたのだから。

「……失敗しないか、とか不安じゃないんですか?」
「いいえ、全く。あなたが必死で考えて下さった作戦ですから」
「……嬉しいです」

 信じてくれている。それだけで頑張れる気がした。
 二人はとある屋敷の前で別れた。アレックスはまだ余力の残る筋肉質な太ももを叩いて叱咤して、来た道を寄り道しながら戻る。
 見つかるか見つからないかの隙を見せつつキアランが進んだ道とは反対方向へと向かう。
 アレックスの作戦はこうだ。二手に別れ、キアランはルークの屋敷へ。幼馴染なのでルークの両親は顔を見ればすぐ入れてくれる。ここからキアランの力が必要だ。サプライズでプレゼントがしたいから屋敷にいることを言わないで欲しいと両親に頼み、その両親は屋敷にいる侍女や執事達に秘密を守るよう命令する。そのままだとルークの護衛がキアランを見つけてしまう可能性があるので、鐘が鳴ろうという頃両親に護衛を部屋のドアに出てもらいルークと二人きりになる。いざという時にルークを脅して護衛の動きを封じてもらう。これは護衛の方が対処法を知っている可能性があるだけに最後の手段だ。
 こうして10分が経過した。ルーク達のチームが探索する番だ。キアランの居場所を知られるわけにはいかないため、護衛たちに姿をちらちら見せつつ絶対に捕まらないようにしなければ。別行動しているとバレたら素人であるキアランはすぐに捕まってしまうだろう。
 護衛たちはしっかりとアイロンのかかった濃紺の制服を身につけ腰に警棒を携え同色の平たい帽子をかぶっている。現地の人々や観光客と見分けるのは容易だった。
 常套手段だとは思うが、アレックスは人混みに紛れることにした。アレックスの髪色は観光客にはよくいる色だったからちょうど良い隠れ蓑となった。観光客が多くいる大通り、島の中央付近へと向かう。自分たちを探すルークの護衛に遠過ぎず、近過ぎない距離で。

「わ、やべっ」

 しかしさすが護衛といおうか、アレックスの方を向いた瞬間すごい勢いで向かってくる。単純にリーチの差なのか早歩きに見えてもその実競歩のように無駄のない動きだ。このままだとすぐに捕まってしまう。何か移動手段は無いかと辺りを見渡すアレックスに、ボードが目に入った。昨日若者たちが練習に付き合ってもらったそれだ。下り坂であるしこれなら……
 即座に行動する。露天で売られているボードを買って、足の下におろす。ゆっくりと体重を下にかけた。

「おおっとどいてくれー!」
 
 多少目立った方が囮になるし、このスピードだと護衛たちもまけるだろう。道路を滑るガラゴロと大きな音に護衛たちの顔がこちらを向く。かかった、一人と目があった。

「捕まえてみろよ!」

 大きな声で相手を挑発する。体感で30分は経っているはずだからあと半分の戦いだ。後ろから護衛が追ってくるのを確認し、観光客の間を縫って進む。途中回り込まれ前方で両手を広げ捕まえられそうになったが通路端の手すりにジャンプして避ける。終点は海だ。そこまで行ったら鐘が鳴ってタイムアップになるだろう。
 だがそう簡単に事は運ばなかった。
 今まで坂道の位置エネルギーで早く移動できたこの乗り物も上り坂ではスピードダウン、護衛たちとの距離はどんどん縮んでしまう。続けて貴族の護衛を長年続けている者と元憲兵との体力の差。これは年齢による体力の衰えもあるだろうが、普段の訓練の質からして違う事は否定できない。

「……っくそ……」

 結局時間になる前に追いつかれ肩で息をしているこちらとは違い、適度に休憩しながら走ってきた護衛たちはまだまだ余裕そうだった。

「だが残念だな。フィンレーさんを捕まえたらこっちの負けなんだろ?俺しかいないよ」
「……あの方はどこにいる」
「さあな……今から探したって鐘がなるぜ」
「……」

 ギリギリ勝ったと思いつつ黙秘を決め込んでいると、遠くから急いで走る若者達の姿がいた。ボードを教えてくれた先生だ。

「なぁ……護衛の兄ちゃん。今いいか?」
「どうした?
「兄ちゃんの恋人が……」
「恋人?だから違うって……フィンレーさんがどうした?」
「兄ちゃんのいい人が……悪そうな奴らに……連れてかれて……」
「だよな……あの顔は見たことない。観光客の雰囲気も出してなかったよな」
「うんうん」
「なんだって……!」

 犯人はすぐ推測できた。キアランに嫌味を言っていた男の手下だろう。
 アレックスは完全に失念していた。まさか国を超えて嫌がらせをしてくるとは。いや、嫌がらせの範疇を超えて障害レベルだ。
 
「場所を教えてくれ!」

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