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しおりを挟む「頼み事、もう一ついいですか」
「嫌と言ったら?」
仕事に集中しているからと止める護衛をよそにアレックスはウドリゴの元へ向かった。ウドリゴは仕事部屋で仕事を続けている。デスク脇に空になったコーヒーカップが置いてあるが、それがもしかして昼食代わりだろうか。
アレックスは対人用の笑顔を作って持ち前の気やすさで気軽に要求する。
「そう大層なもんじゃ無いですって。ただ使用人と一緒に仕事をさせて欲しいだけです。ほら、お手伝いみたいなもんです。──それにしても時間が有り余ってるとまた部屋で体を動かしたくなりますよね」
「……心得た」
ため息をつきながら書類に印鑑を押していたウドリゴだが、しぶしぶ返事をした。アレックスを持て余しているのがわかる。こう言う事を聞かない人物もなかなかいないのだろう。
アレックスもウドリゴには無礼を働くことが多いなと自覚している。ウドリゴがキアランを手に入れるためにはアレックスをほっぽり出すわけにはいかないので、多少のわがままは聞いてくれるだろうという打算はあった。
「──……という事で俺がここで皮剥きしてるってわけ」
「へぇ……アンタもよく領主様にでかい態度になるだねぇ」
「まぁなぁ」
アレックスは小さな背もたれのない作業椅子に座り、アレックスと同じくらいの年代のメイドと共に芋の皮剥きをしていた。ちなみに今夜の夕食としてパンケーキ風に調理されて出されるらしい。
はじめはかしこまっていた使用人たちもアレックスが自分たちと変わらない身分だとわかると砕けた言葉遣いになる。監視は相変わらずつれない敬語ではあったが。
料理くらいなら、と軽い気持ちで手伝いをOKしたら初めは入念な手洗い、そして清潔なエプロンの着用と衛生面できっちりとしていた。
使用人たちの食事も作られるらしく材料の下拵えはメイドにとって結構重労働だ。そのため一番手伝いの手が必要とされているここにアレックスが案内されたのだろう。
「前は簡単な残り物を食べてたんだけどね、今の領主様──キアラン様の兄上──があたたかい食事も必要だろうって」
「へぇ」
話を聞きながら剥き終わった芋をボウルに置いて新しいものを手に取る。どうやら今の領主は下の身分のものにも心配りをする性格らしい。そこはキアランに似ているなと思う。……いけない、恋人のことを考えていたら会いたくなってきた。早く再会して抱きしめたい。
「……前領主様も憎くてあんな態度してるわけじゃないのよ。あれは通常営業。むしろ、お子さん二人がお生まれになった時から色々気を配るようになって」
ほら、私たちが身につけてるエプロンとか手洗いの習慣もお子様達が生まれた後の方が厳しくなったのよと付け足す。
「きっと今の領主様のお体が弱いとわかったからかねぇ……今は健康でいらっしゃるけど」
屋敷内で流行病を出すわけにはいかないから使用人たちの健康にも気を使ったのだろう。
それは以前キアランの口から聞いた父親の印象とは少し違った。ひたすらにキアランに厳しく、同性愛者であるとわかった途端、領主を継ぐ資格を剥奪して屋敷を出て行かせた前時代的な親だと。母親は二人を産み産後の肥立が悪く亡くなり男手一つで教育されたことなど。
やはりキアランとウドリゴ二人の間に何かしらのわだかまりがあるのだろうとは思う。面と向かって話し合うことが必要だ。
だが、それをアレックスが強制することはできない。人の心というものは複雑で、わかってはいても歩み寄ることができないこともある。キアランもよくわかっているからこそ家族と没交渉だったのだと思う。
異国で呟いたあの言葉──ガラスのように人も丸くなることができればいいのに。あれは、キアランの願いだったのだ。
「手が止まってるよ。……それにしてもあんた、不器用すぎやしないかい?」
「ああ……へへ」
厚切りになった皮をつまんでメイドは呆れたように言った。話を聞く方に集中してしまったからか、可食部の方がかなり小さくなってしまっていた。
「領主様?もちろんいい方だと思うよ。ただ……」
「ただ?」
「家族仲がよろしくないようだね」
それからのアレックスは、食事の下拵えを終えると馬小屋へ向かい馬の世話係である馬飼と馬小屋の掃除をしながら世間話に興じていた。
憲兵の時の情報収集方法が案外役に立つものだ。夜警のようにただ証言を聞くだけでは素直に口を開いてくれないこともある。民は仕事などで忙しい間を塗って情報を提供しているのだ。提供者に利点はない。親切でやってくれている。
だが、手伝いという体で近づけば道理が変わってくる。体を動かせば口が回る。世間話のついでということで口が滑る。だからこそアレックスは憲兵であった時、人々の身近な存在として店に顔を出して世間話は欠かさなかったし、店を利用したりボランティアで警備中に仕事の手伝いをしたりもした。
他の憲兵の目にはさぼっているように見えたりもしたため、管理職になるなどの上のくらいになることはなく現場でこの年まで来た。
「あんたキアラン様の護衛をしていたことがあるんだろう?キアラン様から聞かなかったのか?」
「まぁ雑談で話すことではないからなぁ……」
「確かに」
だが、実際キアランと恋人である自分はじっくりと話す機会があったはずだ。アレックスの方は自身が上京した経緯を話すことがあったし、そのついでに話しても良かったとは思うが。……それはこの家族関係を楽観視しすぎか。誰にだって心に沈んで話したくないことはあるはずだ。そう思えば今こそキアランの事を知るいい機会なのだから。
「キアラン様には双子の兄である現当主……ロドルフォ様だな、ロドルフォ様はお身体が弱くて最初当主はキアラン様と言われていたんだよ」
「ああ」
「だけどな……ウドリゴ様と言い合いになってウドリゴ様はキアラン様を追い出したのさ」
いつも争わず穏健派なキアランが口論したと言うのは驚くべき事だ。キアランにとっても家族というものはきやすい仲というものなのだろうか。
「それでお前さんが知っての通り、キアラン様は王都の副文官に、ウドリゴ様の跡を継いだロドルフォ様はここの領主様になったってわけさ。どうしたオース?おとなしいお前が興奮するなんて」
馬飼はいななき始めいてる馬の名前を呼ぶと、落ち着かせるように馬の尻を叩いた。
「──今の話、一つ訂正していいか?」
その時、凛とした声が背後から聞こえてくる。馬飼がその声の持ち主に目を向けると姿勢を正した。目元を引くつかせ、口を歪めている。顔には「まずい事を言ってしまった」と書いてある。
「正確には、キアランが出て行った事になるな」
アレックスより若い美丈夫が片手杖をついて馬小屋の入り口に立っていた。
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