魔眼の魔女の黙視録

琥珀

文字の大きさ
2 / 7
1章:魔眼の魔女の探索記

1-2

しおりを挟む
「で、何て名前?その店」

「えっと、『居酒屋キーロン』です」

「なんだキーロンの店か、すぐそこだ。むしろこの短い距離をどうして迷った」

「いつのまにかですね~」

「……そうか」


カイは暗い路地を、小柄な少女とともに歩いていた。話によると、どうやら目当ての店を見つけたはいいものの、珍しい店の数々に目を奪われて歩いているうちに自分がどこにいるのかわからなくなったらしい。彼が心の中で呆れ返っていると、彼女がおずおずと口を開いた。


「あの、何かお礼をしたいんですけど」

「!……礼?」

「はい。私そんなにお金は持ってないんですけど、そのお店のご飯くらいはご馳走できると思うので」


どうですか?と訪ねてくる少女に、カイは内心顔をしかめた。店に着いたら、気づかれないように少女の財布を奪って、そのまま別れるつもりだったからだ。彼女と食事をしたら、彼女の分まで財布の中身が減ってしまう。


「いらねえよ、道案内ぐらいで」

「……でも」

「無理すんなよ、お前だってそんなに持ってねえなら自分のために使えよ」

(使いたい時にあれば、の話だが)


財布を奪われた後の少女がどうなろうと知ったことではない。彼がそう考えながら言った言葉に、少女は渋々といった感じで小さく頷いた。


「ッと、ほら、着いたぞ」


目の前に薄汚れた、しかしなかなかの大きさの看板が現れる。少女もそれに気がつき、


「そうです、このお店です!あの、本当にありがとうございました!」

「ああ、もう迷うなよ」

「はい!」


こちらに小さな手を振ってから、少女は店に駆けていった。彼女を見送るカイの手の中には、少女のものと思わしき緑色の小さな財布があった。


「さて、帰るか…………!」


カイは財布をズボンのポケットにねじ込み、踵を返そうとした。しかし、彼は立ち止まり、前方に突然立ち塞がってきた者達を睨んだ。三人の大柄な男が、彼の行く手を阻んでいる。


「……なんだ、お前ら。俺に何か、」

「ここに居たか、薄汚いガキめ」

「!?」


背後から聞こえてきた、ねっとりとした不快な太い声音に、カイが顔を歪めて振り返ると、そこには厭らしい笑みを浮かべた坊主頭の男が立っていた。高価な生地でヌラヌラと光るローブの首もとに付けた宝石類を、ジャラジャラとうるさく鳴らしながらこちらへ歩いてくる。 昨日の晩、カイは別の店から出てきたこの商売人の男から財布をすろうとして失敗し、顔を見られたため、二度とこの人物は狙わないことに決めていた。


「……なんだ、アンタまだここに居たのか」

「ああ、昨夜は残念だったな、小僧。私から財布を盗めなくて」

「まあな。で?そんなこと言うためにここに来て、わざわざ薄汚い俺に構ってる訳じゃないよな?」

「勿論。ちゃあんと理由はある」


そこで一旦言葉を区切った商売人はギラリと目を光らせてカイを見た。


「この醜いスラム街に貴様のようなスリを生業としている奴はごまんといる。しかし、貴様は他の者達とは違うものを持っている。しかも、その価値は計り知れない……」

「何の話かわからねえな。俺みたいなスラムの住人が、アンタが身に付けてるような宝石を持ってるわけ」

「『人狼族』」

「!?」


自分の言葉を遮って放たれたその単語に、不覚にもカイは動揺し、右手を握り締めた。そんな彼の様子に、商売人は満足そうにほくそえんだ。


「やはりな。あの時に一瞬見た耳。その美しい銀の毛並みが忘れられなかった。そんなはずはないと自分に言い聞かせていたが、念のために確認しに来て正解だったようだ」


商売人の言葉に、カイは盛大に舌打ちをした。スリに失敗したあの時、フードが一瞬脱げて、彼の銀色のの耳が見られてしまっていたのだ。


「で?それを知って、どうするつもりだ?」

「決まっているだろう。人狼族の生き残りなど、大貴族も喉から手が出るほど欲しがるだろう。それこそ金貨一万を積んでも、な。お前達、捕まえろ。なるべく傷をつけるなよ」


商売人の言葉を合図に、三人の大男の内の一人が手を伸ばしてきた。とっさにそれをかいくぐり、カイはその場から逃げ出そうとした。しかし、


「『大地の精霊に告ぐ』」

「!?…ぐっ!」


商売人が言葉を発した瞬間、地面から長い植物のツルが生えてきた。それはカイの足に絡まり、巻き取り、締めつけて、彼を地面に倒してしまった。


「くそ!お前、魔道師か‼」

「いやいや、そんな大層なものではない。貴様のような下賎の輩に狙われることが多いのでな、護身用に身に付けただけだからな。本物の魔道師様にお目通りする機会など、今後貴様にはないだろうがなぁ」

「クソ野郎ッ!」


カイは奥歯を噛み締めて商売人を睨み上げたが、本人はその視線すらも楽しげにして彼を眺めていた。


「連れてこい」

「はっ」

「!放せ‼この人でなしどもが!」

「ハッ。人でなしは貴様だろうが」


嘲り笑いながらカイを一瞥すると、商売人は歩き出した。それに続いて、動けないカイを肩に担いだ男も歩き出す。向かう先は、恐らく奴隷市か奴隷商人の問屋だろう。カイは焦り、大声を出そうとしたが、植物のツルが猿ぐつわのように口を覆って彼の声を封じた。


「~~~‼」

「静かにしておけよ。大切な商品を傷つけたくはないからな、ククッ」


邪悪な笑みを浮かべる商売人に、カイの背中に冷たい汗が流れた、その時。


「案内人さん?」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

処理中です...