魔眼の魔女の黙視録

琥珀

文字の大きさ
6 / 7
1章:魔眼の魔女の探索記

1-6

しおりを挟む
「……いや、なんていうか」


そこから先の言葉がつむげず、誤魔化すようにカイは酒を飲んだ。エルはカイをじっと見つめたまま動かないので、気まずい沈黙が流れる。


「……カイさん」


いたたまれなくなり空のグラスを傾けようとしたカイに、エルは意を決したように彼の名を呼んだ。


「……何」

「ありがとうございます」

「は?」


急に感謝の意を告げられ、カイは怪訝な声をあげた。


「急に何?」

「見えているなら良かった、そう言ってくれる人は沢山いました。私自身、そう思っていましたしね。でも貴方は、帯布これを着けていること自体をおかしいと言ってくれた。」


そう言ってエルは、帯布の巻かれた自分の目元にそっと触れた。


「さっきの貴方の言葉を聞いて、胸のつっかえが取れたというんでしょうか。これまでずっと感じていた違和感がスッと無くなった気がして、それで気づいたんです。本当の私は、これを取りたがっていたのだと。うつむいて、フードを深く被ったまま歩くのは、もう嫌なのだと」


ふわりと微笑んだエルは、カイに向かってペコリと頭を下げた。


「私の心の叫びに気づかせてくれて、本当にありがとうございます、カイさん」


カイは呆気に取られて言葉が出なかった。しかし、何故自分がこの少女にこんなにも心を揺さぶられるのかが、何となく分かった。
根本的なところで、カイとエルは似通ったものを持っていた。自分で望んだ訳でもない、人とは違うものを必死に背負って、その潰されそうな心情を誰にも気づかれる事なく隠し続ける。──自分達のその努力が報われる時は、果たしてくるのか?
カイはその疑問に行き着いた瞬間、何かずっしりとした重たいものに胸の奥にもたれ掛かられたような気がして、乾いた笑いをこぼした。それは彼にとって愚問だった。


「……隠してるくせに、気づかれるわけがない、か」

「?カイさん、何か言いましたか?」

「いや、何でもない。ひとりごとだ」


カイはエルに向かって、初めて本心から笑いかけた。カイの中で、彼女への評価はずいぶんと変わっていた。スリの自分を利用する狡猾さは、きっと彼女が自分自身を守るために身に付けた武器。この先に多少困難があっても、彼女は機転を利かせてなんとかしてしまえるだろう。
そういえば、とカイは再び口を開いた。


「お前にあのクソ野郎の魔術が効かなかったのは、どういう仕組み?話しかけてたようにも見えた」

「……実は、私にも良くわかってないんですが、この目が原因なんじゃないかなと」

「目?」

「はい。これ以外に魔術に関するものは持っていないと思うので。恐らく魔女の魔力残滓が目から漏れていて、それが関係しているのでしょうが、それ以上は今はわかりません。
でも、先程ご覧になったとおりに、他人が使う魔術は何故か私の言葉に従うんです。どの程度までなのかはわかりませんが、今まで操れなかった魔術はありません」

「それは、お前も魔術師ってこと?」

「いいえ、私は魔術師ではありません。わたしは魔術が使えないので」

「使えない……?確かによくわからないな。明らかに魔術の臭いがするのに魔術じゃないなら、その目はいったいなんだ?」

「なんなんでしょうねぇ」

「お前、かなり呑気だよな……」


カイは目の前で美味しそうにブドウを頬張るエルに呆れた視線を向けた。
頭は良いが、同時にあわせ持つこの呑気さと若干の天然は危うい。自分に似通った境遇の相手に、カイは生まれて初めて、無意識に、他人に対して『心配』という感情を抱いていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

処理中です...