魔眼の魔女の黙視録

琥珀

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1章:魔眼の魔女の探索記

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   カイとエルは一軒の居酒屋の中の、奥のテーブルに向かい合って座っていた。もちろん、エルが情報を求めて尋ねた『居酒屋キーロン』ではなく、カイが日頃の食事にたまに利用する店である。最初、エルがキーロンの店に向かおうとした所を、カイがガシッと首根っこを掴み、ズルズルと今いるこの店に連れて(引きずって)きたのである。


「お前、自分が金持ってないって騙した連中の居る店で飯食うって、どういう神経してるわけ?」

「……?何か問題が?」

「大有りだ」


本日何度目かわからなくなった溜め息を、今度は隠さずに堂々とついたカイは、目の前でチーズや野菜の乗ったオードブルを美味しそうに頬張るエルをじっとりとした目で眺めながら酒を煽った。


「まあ、さっきは本当に助かった。あらためて礼を言う」

「いえいえ、こちらも情報収集のためのご協力感謝です」

「……。そういえば、お前キーロンの店で何を聞いてたんだ?」

「んー……色々聞きましたけども、主に“魔女”関連について……ですかね」

「……“魔女”?」


カイはその答えに思わず聞き返す。『魔女』というのはこの帝国に住まうもの達にとって、一種の符号のようなものである。


「『救済の魔女』エレインのこととか?」

「いえ、エレイン様ではなく、現存する魔女についての情報を集めていました。最も、有力なものは一つしか手に入りませんでしたが」

「現存する魔女?今の時代に魔女がいるのか?」


少し落ち込んだように言うエルに、カイは再度聞き返す。『救済の魔女』エレインとは、グレイシア帝国史上最大の危機であった、黙示録戦争アポカリプス中に起きた大事件──通称「ワルプルギスの夜」を魔術によって見事解決に導き、その過程で命を落としたとされる、帝国で英雄視されている一人の女性魔術師のことである。この出来事により、数の少ない女性魔術師は“魔女”と呼ばれ、当事その存在は魔術に通じる者達にとっての憧れの象徴になっていた。しかし、


「魔女は黙示録戦争で招集されて、ほとんどが……死んだと聞くが」

「はい。しかし、彼女らの魔術が残した痕跡が残っているかもしれないので、私はそれを探して旅をしているのです」

「魔術の痕跡……?例えばどんな?」

「そうですね……分かりやすくいえば、」


そこでエルは一旦言葉を切り、じっとカイの顔を……正確には彼と目を合わせているように見えた。その緊張感にカイは瞬きもせずに、思わずじっとエルの目元を覆う布の表面を見つめた。数秒の後に、おもむろにエルが口を開いた。


「今、貴方の目の前にありますよ」

「……は?」


カイは彼女の意味不明な言葉に眉を寄せる。


「どういうことだ?まさか、お前がその魔術の痕跡だとか?」

「……当たりと言えずとも遠からず、ですかね」


冗談半分の言葉を肯定され、目を見開くカイに、エルは今度は笑わずにコクりと頷いた。そして、自分の顔を指差して続けた。


「私の目を覆っているこの布は、私の目が持つ魔女の痕跡──魔女の『魔力残滓』の力を封じるためのものなんです。私の両目は、かの大戦に参加した魔女の魔力を帯びていて……魔力を持たない普通の人間にとっては、私の瞳を見ただけで死んでしまうくらいの毒性があるんです。なので、私はこの封印の帯布たいふを外すことができません」


静かに語るエルの声には、悲しみも憂いも感じない。ただ有りのままの真実を淡々と口にする彼女の姿に、カイは目を細めた。ただそこに居るだけで人を殺す力を持つ少女──世間にその存在を拒絶されるには十分な理由だろう。自分よりずっと小さな体で、どれ程の悪意を受けてきたのか。
彼女はそれを受けとめているというより、そんなことには慣れているとでもいうような空気感を漂わせている。耳で、頭で、体で理解しているが、心がそれについていっていない。
カイにとってそれは、まるで幼い日の自分を見ているようで……


「……皮肉なものだな。戦争の時には誰もが欲しがったのに、終わったとたんに人殺しの化け物扱い。結局、魔術も魔力も、それを使う魔女たちも、人間にとっては兵器でしかなかった訳だ。だから簡単に切り捨てる。それを考えると、大戦で命を落とした奴らはまだマシだったのかもしれないな。お前らみたいな子孫が一番不憫だ」


吐き捨てるようにそう毒づくカイに、エルはきょとんとしたようだった。そして、ふ、と小さな口をほころばせて、


「カイさんは、人間、嫌いですか?」


と聞いてきた。カイは顔をしかめて、無言を貫いた。


「…………」

「嫌いなんですねぇ」

「だったら何だ」


クスクスと可笑しそうに笑うエルを睨み、カイは運ばれてきた骨付き肉に噛みついた。


「500年前に亡くなった魔女達も、英雄エレイン様も、このようになることは解っていたと思うんです。それでも彼女達は、目の前の国民の命を守ることを選んだ……
そんな先祖を恨めしいとも考えることもありますが、それでもどうしても、誇らしいと思ってしまうんですよね」

「だがそのおかげでお前は目が見えてない上に、理不尽な迫害を受けてるだろ?」

「あ、いえ、この帯布には魔術がかけられているので、布を通して周りが見えるようになってるんです。なので、そこまで苦労はしてないんですよ。これを取らなければ、その、多少変な目で見られても、危害を加えられたりはしないので」

「……ふーん。でもそんなもの通して見てたら、世界は曇って見えるだろ」

「……え?」


カイの言葉に、エルがポカンと口を開けて固まった。言った本人も、自分自身に驚いていた。こんなことを言うつもりは無かった。いつから自分はこんなに目の前の少女に感情移入してしまっていたのだろうか。

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