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1章:魔眼の魔女の探索記
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エルの言葉に、世界が一度沈黙し、次いでドクリと鼓動したように揺れた感覚がして、カイは全身の毛を逆立てた。
「……!?何故、何故魔術が効かない!?」
狼狽える商売人の方に目を向けると、魔法で生やされた植物のツル達は、エルに巻き付こうとしていたはずなのに、まるで彼女に従うかのように頭を垂れていた。信じられない光景に、大男達も商売人も戸惑っている。
いつのまにかカイの体に巻き付いていたツルもほどけていた。
「!」
カイは一瞬できたその隙をつき、大男の腕からスルリと逃げ出した。
「!? 待てっ、グホッ」
自分を捕まえようとする男のみぞおちを肘で殴り、体を九の字に曲げたところで、頭を蹴りあげる。体格が大きいにも関わらず、大男は吹っ飛び、そばに積まれていた木材に突っ込んだ。その震動のせいで隣のゴミ山までこちらに倒れてきて、
「うわあああ」
残った男二人と商売人の上に落ちてきて、彼らは悲鳴をあげながら木材とゴミの下敷きになった。
「わお!」
カイの手腕に感心したのか、その大惨事の一歩手前に居たエルは、カイに向かって、呑気に拍手していた。彼女はゴミにも木材にも埋もれていないので、大した強運である。先程まで纏っていた異様な雰囲気をさっぱり消し、エルははしゃいだ声でカイに話しかけてきた。
「やりましたねえ、人狼さん!」
「……その人狼さんとかいうのをやめろ」
「え?……じゃあ、貴方の名前を教えていただけますか?」
ニコニコしながら問いかけてくるエルに、バツが悪くなったカイは、
「…………カイ」
ポツリとそういって、彼女の笑顔から視線をそらし、ポケットに手を突っ込んだ。一杯くわされたが、危ないところを救ってもらってしまった。そんな相手に礼を欠くほどの強靭な心は持ち合わせていない。ポケットから出した緑色の財布を彼女に渡す。
「……ほら」
「あ、私のお財布!そうでした。ありがとうございます」
「まさか盗まされたとは思わなかった。道に迷ったのも、演技だろ?大したものだな」
「はい。すいません、何度も騙しちゃって」
「……なんか素直に謝られると腹が立ってきた。あ、そういえば」
カイはチラリとゴミ山を振り返り、未だ気を失っている商売人一味を見ながらエルに問いかける。
「エル、だったっけ?」
「はい、正しくはエレノアというのですが……こっちの方が呼びやすいし、ありふれているので……さっきの様に怪しい人に名前を尋ねられたら、偽名として使っています」
「偽名、ね。(わざわざそんなモノを使わなきゃならない身分なのに、俺には本名を明かすのか……?)」
名前に関しては何やら複雑な事情があるらしい。よく分からなくなってきたので、別の事を聞くことにした。
「まあいいか。さっきのは一体、何をしたわけ?」
「さっきの?」
「あそこでのびてる奴が魔術を使ったのに、お前は、何て言うか……」
うまい言葉が見つからず、黙ってしまったカイを見て、エルはクスリと笑った。
「そうですよね、気になりますよね。……そんなカイさんに、私から二度目のデートのお誘いです」
「は?」
唐突にそんなことをいって、演技がかった仕草でこちらに手を差し伸べる彼女にカイは面食らった。意味がわからない。
「こんな路地のど真ん中で話せることではないので、お食事しながらどうですか?」
「……なるほど。なら金は俺が出す」
「え?いやいや、誘ったのは私なので、私が!」
「お前みたいな子供に奢らせる程金に飢えてないから。なんなら、助けてもらった礼ってことで」
そういいながら、カイはズッシリとした赤い財布を胸元からのぞかせた。あの老婆から財布をすったのが、もう昔のことのように感じる。
エルはしばらく逡巡していたが、やがて、
「……じゃあ、ご馳走になります。カイさん」
と、ペコリと頭を下げ、
「改めまして、エレノア=グレーテと申します。よろしくお願い致します」
おもむろに、フードを脱いだ。その素顔に、カイは返事を忘れて再び絶句するとともに、今日はこの少女に驚かされてばかりだ……とぼんやりと思った。
「……やっぱり驚かれましたよね。普段は隠してないと変な目で見られちゃうので、多少不審でもフードを被りっぱなしにしてるんです」
彼女の頭部には、彼女の目を覆うように、不思議な紋様の描かれた幅広の長い布がピッタリと巻かれていた。
異様な雰囲気の漂うその布を凝視するカイに、エルはただ笑っていた。
エルとカイがその場を立ち去ってしばらくした後、倒れていた商売人は目を覚ました。瓦礫や木材で体のあちこちをぶつけたし、ゴミの山を被ったせいで上等な服も台無しになってしまっている。
「くそ、くそ……‼この私が、こんな目にあうなど‼許さん、あやつら、絶対に許さんぞ……‼」
「……!?何故、何故魔術が効かない!?」
狼狽える商売人の方に目を向けると、魔法で生やされた植物のツル達は、エルに巻き付こうとしていたはずなのに、まるで彼女に従うかのように頭を垂れていた。信じられない光景に、大男達も商売人も戸惑っている。
いつのまにかカイの体に巻き付いていたツルもほどけていた。
「!」
カイは一瞬できたその隙をつき、大男の腕からスルリと逃げ出した。
「!? 待てっ、グホッ」
自分を捕まえようとする男のみぞおちを肘で殴り、体を九の字に曲げたところで、頭を蹴りあげる。体格が大きいにも関わらず、大男は吹っ飛び、そばに積まれていた木材に突っ込んだ。その震動のせいで隣のゴミ山までこちらに倒れてきて、
「うわあああ」
残った男二人と商売人の上に落ちてきて、彼らは悲鳴をあげながら木材とゴミの下敷きになった。
「わお!」
カイの手腕に感心したのか、その大惨事の一歩手前に居たエルは、カイに向かって、呑気に拍手していた。彼女はゴミにも木材にも埋もれていないので、大した強運である。先程まで纏っていた異様な雰囲気をさっぱり消し、エルははしゃいだ声でカイに話しかけてきた。
「やりましたねえ、人狼さん!」
「……その人狼さんとかいうのをやめろ」
「え?……じゃあ、貴方の名前を教えていただけますか?」
ニコニコしながら問いかけてくるエルに、バツが悪くなったカイは、
「…………カイ」
ポツリとそういって、彼女の笑顔から視線をそらし、ポケットに手を突っ込んだ。一杯くわされたが、危ないところを救ってもらってしまった。そんな相手に礼を欠くほどの強靭な心は持ち合わせていない。ポケットから出した緑色の財布を彼女に渡す。
「……ほら」
「あ、私のお財布!そうでした。ありがとうございます」
「まさか盗まされたとは思わなかった。道に迷ったのも、演技だろ?大したものだな」
「はい。すいません、何度も騙しちゃって」
「……なんか素直に謝られると腹が立ってきた。あ、そういえば」
カイはチラリとゴミ山を振り返り、未だ気を失っている商売人一味を見ながらエルに問いかける。
「エル、だったっけ?」
「はい、正しくはエレノアというのですが……こっちの方が呼びやすいし、ありふれているので……さっきの様に怪しい人に名前を尋ねられたら、偽名として使っています」
「偽名、ね。(わざわざそんなモノを使わなきゃならない身分なのに、俺には本名を明かすのか……?)」
名前に関しては何やら複雑な事情があるらしい。よく分からなくなってきたので、別の事を聞くことにした。
「まあいいか。さっきのは一体、何をしたわけ?」
「さっきの?」
「あそこでのびてる奴が魔術を使ったのに、お前は、何て言うか……」
うまい言葉が見つからず、黙ってしまったカイを見て、エルはクスリと笑った。
「そうですよね、気になりますよね。……そんなカイさんに、私から二度目のデートのお誘いです」
「は?」
唐突にそんなことをいって、演技がかった仕草でこちらに手を差し伸べる彼女にカイは面食らった。意味がわからない。
「こんな路地のど真ん中で話せることではないので、お食事しながらどうですか?」
「……なるほど。なら金は俺が出す」
「え?いやいや、誘ったのは私なので、私が!」
「お前みたいな子供に奢らせる程金に飢えてないから。なんなら、助けてもらった礼ってことで」
そういいながら、カイはズッシリとした赤い財布を胸元からのぞかせた。あの老婆から財布をすったのが、もう昔のことのように感じる。
エルはしばらく逡巡していたが、やがて、
「……じゃあ、ご馳走になります。カイさん」
と、ペコリと頭を下げ、
「改めまして、エレノア=グレーテと申します。よろしくお願い致します」
おもむろに、フードを脱いだ。その素顔に、カイは返事を忘れて再び絶句するとともに、今日はこの少女に驚かされてばかりだ……とぼんやりと思った。
「……やっぱり驚かれましたよね。普段は隠してないと変な目で見られちゃうので、多少不審でもフードを被りっぱなしにしてるんです」
彼女の頭部には、彼女の目を覆うように、不思議な紋様の描かれた幅広の長い布がピッタリと巻かれていた。
異様な雰囲気の漂うその布を凝視するカイに、エルはただ笑っていた。
エルとカイがその場を立ち去ってしばらくした後、倒れていた商売人は目を覚ました。瓦礫や木材で体のあちこちをぶつけたし、ゴミの山を被ったせいで上等な服も台無しになってしまっている。
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