殉教者の皿の上

もじかきくらげ

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ステーキとカブのサラダとチーズとワイン(パンは好きなだけ)

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遠い首都の貴族が街の公演にやってきて、なにやら話をしたいという。グランツェロが勝手に話を進めてしまい、夕食を共にすることになった。勝手なことをするなど何度も言っただろうと裏で詰め寄るが、奴はヘラヘラ笑うだけで薄っぺらい謝罪と言い訳の言葉しか出てこなかった。ふざけやがって、今の聖歌隊のまとめ係は私であってお前じゃない。大して音楽の解らない奴が散々口を出しやがって……。

しかし、受けてしまったものはしょうがない。招待され予約制のレストランで貴族からされた話はこうだ。「ソプラノの少年を、屋敷専属の道化師にしたい」「金ならいくらでも出す」………バカにされているとしか思えない。ギャビーのことを、商品のように、物のように扱う訳が無いだろうが。ふざけやがって、ふざけやがって!
私の怒りが爆発するより先に、奴が口を開いた。「彼は僕たちの聖歌隊の最も大事なメンバーです。差し上げることは出来ません」差し上げるだと?だと?ふざけやがって、ふざけやがってこの分からずや共が!こいつらは私のこともことも何も、何も分かっていない!芸術の分からぬ雑魚共が、見下しやがって気に入らない。私が「それは本人に聞いてみないことには分かりません。彼にも意思がありますから」と言うと貴族の不細工な男は大層喜んだ。このセリフが自分を喜ばせるための言葉だと思い込んだらしい。
バカバカしい人間どもが、足元を見やがって……とにかくこの話は一度教会に持ち帰ってということになった。店を出て貴族を見送った途端、奴が私に掴みかかってきた。裕福な家庭で育った筋肉の薄い肉のある手が私の首を吊し上げる。奴は何かしら私を罵倒する言葉を話したようだったが、私は栄養不足と疲労と酸素不足を食らって耳が一枚壁を隔て砂が流れているような音を聞いていた。私が「私たちもお前と同じ人間だ、生きる権利があるのだから、お前が所有主のように振舞うな」と意識を手放しかけ理性を失った脳味噌から流れた思考を口にすると、ようやく奴は手を離した。マゼンタと青と黄色のごく小さなタイルが敷き詰められて黒と交互に点滅していた視界が元に戻ると、奴は私を見下ろして、眉を下げて今にも泣きそうな顔で何か言いたげに口を動かしていた。何が言いたいのだ。言ってみろ。奴は結局「すまない」と一言だけ言って、馬車を呼んでそのまま帰っていった。私は立ち上がり、遠い教会への道を、1人で歩き出した。
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