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第一章 出会い
4 志乃の涙
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「人のこと、言えねえじゃねえか! 何やってんだよ!」
「……」
「セーブも無しに力をぶつけたら、普通はショックを受けるに決まってんだろ!」
「まあまあ、大輝様。伊織様も……」
目覚めたのは温かく柔らかなベッドの上で、部屋の中は仄かに明るい。隣室からは怒りを含んだ大声と、宥めるような声が聞こえる。ゆっくりと起き上がれば、広々とした寝室に寝かされていた。部屋の隅にはオレンジ色のフロアライトが穏やかな光を投げかけている。
誰が着替えさせてくれたのだろう。制服が脱がされ、大きめのスウェットを着ていた。首回りが大きく開いているし、袖口が手の甲を覆っている。ベッドから降りるとスウェットパンツが下がって来るので、慌ててしっかりと紐で結んだ。
ドアを開けると、真っ白なライトが眩しくて目が痛い。目の前にはダイニングテーブルがあり、右はキッチン、左には広々としたリビングがある。大輝と伊織はローテーブルを挟んで置かれた紺の革張りのソファーに座っていた。
「志乃!」
大輝が、僕を見て笑顔になる。
「へー、ぶかぶかなスウェット姿も可愛いな」
伊織は立ち上がり、僕の方に一歩踏み出した。反射的にびくりと体が震えた。眉を寄せた伊織は、キッチンにいた男性の方を向いた。
「比企、この服は」
「伊織様のものをお借りしました。急なことで、こちらには用意がなかったものですから」
「そうか。志乃には少し大きいな」
「あ……、ごめん。勝手に借りて」
「いや、いいんだ。それより、体は大丈夫?」
僕が小さく頷くと、伊織はほっと息をついた。
「俺が力をセーブしなかったせいだ。本当にごめん。落ち着いてもらおうと思って、家に連れて来たんだけど」
「ここ、伊織の家なの?」
伊織が頷く。自宅が遠いからと高校に近いマンションを親に買ってもらったと言う。明るい室内は広々としていて、とても一人用とは思えなかった。
キッチンから、お茶が運ばれてきた。トレイにティーカップを乗せた男性は、身のこなしがしなやかで、少し垂れた瞳が優し気だ。
「志乃様、ソファーにどうぞ。紅茶には、温めたミルクとお砂糖が一つと伺っておりますが」
何で知ってるんだろう? 首を傾げると、大輝が笑うのを堪えていた。
「志乃の事なら、何でもわかってる奴がいるからな」
「え?」
伊織が大輝を睨みながらソファーに座った。僕も伊織の座ったソファーの端に腰を下ろす。温かい紅茶は、とても美味しかった。ミルクと砂糖が好みの量ぴったりに入っていた。
紅茶を淹れてくれた男性は、駐車場で出迎えてくれた人だった。このマンションの家事全般をこなすことが彼の仕事らしい。比企と名乗った男性から、今日は大変でしたねと労られた。
「ええ。伊織と帰ろうとしたら、昇降口で話しかけられて……あれ?」
少し前のことなのに、まるで霧に包まれたようにあやふやだ。誰かに、何か言われたはずなのに。
「変だ。思い出そうとしても、はっきり思い出せない」
「防衛本能でしょう」
「?」
「アルファが本気で怒りを示せば、周りは大きな影響を受けます。志乃様は恐怖を感じるあまり、思い出すことを拒否なさっているのです」
「そんな」
僕が絶句すると、大輝がため息をつく。
「普段の伊織は慎重なのになあ。志乃の事になると、とんでもない失敗をする」
「大輝!」
「志乃、今回のことは許してやって。アルファだから仕方ないっていうか……。どうしても、守ろうとすると過剰になりがちなんだ」
「守る?」
「伊織なりに、必死だってこと」
「黙ってろ、大輝!」
珍しく伊織が真剣に怒っている。大輝は、それを見て面白そうにニヤニヤしている。
今の大輝の言葉からすると、僕は伊織に守られたのか? そして、守られた際の伊織の力の強さに脅えてるってことか。
そんなの……。アルファって、言えるんだろうか。
ひどく惨めな気持ちになった。それでも、普段なら仕方がないとため息をついて終わったはずなのに。今日はひどく胸が苦しい。下を向いたら、ぽとん、とスウェットに涙が落ちた。あっという間に染みが出来て、どんどん大きくなる。
一度零れた涙は次々に涙を連れてくる。情けないとは思っても、少しも止まることがない。比企さんがすぐにハンドタオルを渡してくれた。
「志乃、今日はもう、ここに泊まっていけばいいよ。疲れてるだろ」
大輝が言えば、比企さんも頷く。伊織は、じっとぼくを見た。その瞳はひどく心配そうに揺れている。
「……でも、迷惑かけるし」
「そんなことない。志乃が嫌じゃなければ、ゆっくり休んでいってほしい。こうなったのは、俺のせいだから」
伊織の言葉があまりに辛そうで、僕は帰るとは言えなかった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
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「……」
「セーブも無しに力をぶつけたら、普通はショックを受けるに決まってんだろ!」
「まあまあ、大輝様。伊織様も……」
目覚めたのは温かく柔らかなベッドの上で、部屋の中は仄かに明るい。隣室からは怒りを含んだ大声と、宥めるような声が聞こえる。ゆっくりと起き上がれば、広々とした寝室に寝かされていた。部屋の隅にはオレンジ色のフロアライトが穏やかな光を投げかけている。
誰が着替えさせてくれたのだろう。制服が脱がされ、大きめのスウェットを着ていた。首回りが大きく開いているし、袖口が手の甲を覆っている。ベッドから降りるとスウェットパンツが下がって来るので、慌ててしっかりと紐で結んだ。
ドアを開けると、真っ白なライトが眩しくて目が痛い。目の前にはダイニングテーブルがあり、右はキッチン、左には広々としたリビングがある。大輝と伊織はローテーブルを挟んで置かれた紺の革張りのソファーに座っていた。
「志乃!」
大輝が、僕を見て笑顔になる。
「へー、ぶかぶかなスウェット姿も可愛いな」
伊織は立ち上がり、僕の方に一歩踏み出した。反射的にびくりと体が震えた。眉を寄せた伊織は、キッチンにいた男性の方を向いた。
「比企、この服は」
「伊織様のものをお借りしました。急なことで、こちらには用意がなかったものですから」
「そうか。志乃には少し大きいな」
「あ……、ごめん。勝手に借りて」
「いや、いいんだ。それより、体は大丈夫?」
僕が小さく頷くと、伊織はほっと息をついた。
「俺が力をセーブしなかったせいだ。本当にごめん。落ち着いてもらおうと思って、家に連れて来たんだけど」
「ここ、伊織の家なの?」
伊織が頷く。自宅が遠いからと高校に近いマンションを親に買ってもらったと言う。明るい室内は広々としていて、とても一人用とは思えなかった。
キッチンから、お茶が運ばれてきた。トレイにティーカップを乗せた男性は、身のこなしがしなやかで、少し垂れた瞳が優し気だ。
「志乃様、ソファーにどうぞ。紅茶には、温めたミルクとお砂糖が一つと伺っておりますが」
何で知ってるんだろう? 首を傾げると、大輝が笑うのを堪えていた。
「志乃の事なら、何でもわかってる奴がいるからな」
「え?」
伊織が大輝を睨みながらソファーに座った。僕も伊織の座ったソファーの端に腰を下ろす。温かい紅茶は、とても美味しかった。ミルクと砂糖が好みの量ぴったりに入っていた。
紅茶を淹れてくれた男性は、駐車場で出迎えてくれた人だった。このマンションの家事全般をこなすことが彼の仕事らしい。比企と名乗った男性から、今日は大変でしたねと労られた。
「ええ。伊織と帰ろうとしたら、昇降口で話しかけられて……あれ?」
少し前のことなのに、まるで霧に包まれたようにあやふやだ。誰かに、何か言われたはずなのに。
「変だ。思い出そうとしても、はっきり思い出せない」
「防衛本能でしょう」
「?」
「アルファが本気で怒りを示せば、周りは大きな影響を受けます。志乃様は恐怖を感じるあまり、思い出すことを拒否なさっているのです」
「そんな」
僕が絶句すると、大輝がため息をつく。
「普段の伊織は慎重なのになあ。志乃の事になると、とんでもない失敗をする」
「大輝!」
「志乃、今回のことは許してやって。アルファだから仕方ないっていうか……。どうしても、守ろうとすると過剰になりがちなんだ」
「守る?」
「伊織なりに、必死だってこと」
「黙ってろ、大輝!」
珍しく伊織が真剣に怒っている。大輝は、それを見て面白そうにニヤニヤしている。
今の大輝の言葉からすると、僕は伊織に守られたのか? そして、守られた際の伊織の力の強さに脅えてるってことか。
そんなの……。アルファって、言えるんだろうか。
ひどく惨めな気持ちになった。それでも、普段なら仕方がないとため息をついて終わったはずなのに。今日はひどく胸が苦しい。下を向いたら、ぽとん、とスウェットに涙が落ちた。あっという間に染みが出来て、どんどん大きくなる。
一度零れた涙は次々に涙を連れてくる。情けないとは思っても、少しも止まることがない。比企さんがすぐにハンドタオルを渡してくれた。
「志乃、今日はもう、ここに泊まっていけばいいよ。疲れてるだろ」
大輝が言えば、比企さんも頷く。伊織は、じっとぼくを見た。その瞳はひどく心配そうに揺れている。
「……でも、迷惑かけるし」
「そんなことない。志乃が嫌じゃなければ、ゆっくり休んでいってほしい。こうなったのは、俺のせいだから」
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