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2.困惑
①
しおりを挟む目覚めた時には、夜明けの寒さがひっそりと部屋の中に入り込んでいた。
漆黒の闇が少しずつ群青に変わり、仄白い明るさを運んでくる。
王都での習慣のままに、明け方には目が覚めた。昔から、侍従が盥に湯を運ぶ前に、ひとり目覚めて身支度を整えていた。
闇は夢を連れてきて、幾度も浅い眠りを繰り返す。とてもゆっくり休めたとは言えない。泣きながら眠ったせいか、瞼が重く、ぼんやりと腫れている。
体が重くて、今日は一人で着替えることもできず、寝台でうとうとと微睡んでいた。
「お目覚めでいらっしゃいましたか。……お顔の色がよくありませんね」
湯を運んできた侍従が、私を見て気づかわし気に眉を寄せた。着替えを手伝うよりも先に、失礼を、と述べて手首にそっと触れる。脈を確かめた彼は、静かに言った。
「医師をお呼びしましょう」
この侍従は、何か医術の心得があっただろうか?
王族の側近くで仕えるのだ。心得があっても別段不思議ではないが、今まで彼がそんな素振りをしたことはなかった。
侍従は、主が今日は一日、寝台の中にいると判断したようだ。部屋着を用意し、空気を入れ替え、医師の手配をする。てきぱきと仕事をこなす姿を、不思議な気持ちで眺めた。
王宮の侍従たちは貴族の家柄に連なる者ばかりで、それぞれに親や兄弟が王都にいる。何人もいた侍従の中で彼だけが、自分には誰も係累がいないので、と凍宮行きを希望した。いつも隠れるように人の後ろにいた彼の言葉に、皆が驚いた。
寒気と怠さが増していき、体を起こしていることは無理だった。広々とした寝台に寝かしつけられ、肌触りがよく温かい上掛けでくるまれる。部屋の温度が調節され、口許に吸い飲みが運ばれた。侍従は手際よく、少しずつ水を与えてくれる。
心地よい眠りに誘われたなら良かったが、ますます喉が痛み、体が熱い。これ以上熱が上がれば、骨が軋むように痛むだろう。
幼い頃から、よくあることだった。
『第二王子は、ものの役に立たぬ』
正統な王妃の子であったので、昔から王位の継承順位だけは高かった。それでも生まれた時から病がちな王子など、何の役に立つだろう。兄である王太子の代替品にもならぬ身だ。
病弱な体の静養を理由に、王宮の敷地内で最も端にある離宮、小宮殿が与えられた。亡き王太后が晩年を過ごした宮は、木々と花々に囲まれている。そこで、書を読み、楽を嗜み、庭を歩いた。熱が出ない時だけは、少しの遠出も許された。
静かな宮に訪れる者は限られていた。僅かな教師と母と兄。そして、あとは一人だけ。
母は、時折やって来ては、胸にしっかりと抱きしめてくれた。そして、小さく呟くのだ。「不憫な子」と。
細くて白い手と柔らかな頬が好きだった。たとえ、側仕えたちに急かされて僅かな時間しか共にいられなくても。
「アル、これをお飲み。すぐに楽になる」
熱が出たと聞けば、兄はすぐに来てくれた。兄の持ってきてくれた甘い蜜は、何よりも嬉しかった。湯に溶いて飲めば喉の痛みが軽減され、体の熱が取れていく。貴重な品だと思うのに、兄は常に手土産にした。
周りの人々が病の罹患を恐れて面会を止めても、兄は笑い飛ばして気にしなかった。
「私はロサーナの王太子。次代の太陽となる身だ。たかだか弟の病一つが、この体にどんな仇を成すと言うのだ」
兄が部屋に入ってくると、全てが明るく輝いた。彼はまさに、ロサーナを照らす太陽そのものだった。
「熱が下がったら遠乗りに連れていく。だから、早く元気におなり。アルは利口な子だ。大人しく薬を飲むんだよ」
大きな手で頭を撫でられ、頬ずりされる。嬉しくて、たくましい体に抱きついて何度も頷いた。
侍医から渡される薬は、いつまでも舌に苦みが残るようなまずいものだった。それでも兄との約束を叶えたくて無理やり飲み干し、なんとか舌を落ち着かせた。
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