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5.流転

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 侍従は、私が悲鳴を上げるほど、体にたくさんの毛皮を巻きつけた。

「宮殿の中と外は違うのです」

 物静かな彼が、声を荒げるのは珍しかった。言われるがままに毛皮の帽子や襟巻き、手袋をすっぽりまとえば、目しか外には出ていない。

 料理人のマルクは「馬車の中でお召し上がりを」と、たくさんの食べ物を侍従に持たせた。これでは、子どもの頃に兄と遠出した時のようだ。なんだかくすぐったい気持ちになりながら礼を言った。

 湖までは距離がある。休憩しながら食事をとったあとは、眠気に襲われた。

 馬車に揺られているうちに、私はいつの間にかぐっすりと眠り込んでいた。侍従に揺り起こされた時、すっかり陽は高い所にあった。

「殿下、着きました」

 御者台にいた侍従が知らせに走ってくる。そこは、山の中だった。遠くの山々には険しい峰が見え、一面の白い世界が広がっている。

 湖は、山の中にあったのか。

「あそこです」

 侍従の指さす先には、湖が光って見えた。

「これ以上は、馬車が進めません。もう公爵はお見えになっているようです」
「……ヴァンテルは、来ているのか?」
「公爵家の馬車が見えます。馬車をお降りになりますか?」
「ああ。湖が見たい」

 雪の中に沈まぬように、木のつるを輪の形に編んだものを侍従が靴にくくりつける。子どものように、はしゃいだ気持ちになった。
 侍従に手を取られ、慎重に雪の中を進んでいく。

 湖は、太陽の光を受けて銀色に輝いていた。羽の先端が光を纏ったように輝く鳥たちが、次々に舞い降りる。湖に光が飛び散った。夢のような光景に思わず息を呑む。

「きれいだ……」
「……ここには、数年前まで村があったのです」

 侍従は静かに湖を見ながら言った。その瞳は、張りつめた氷の様な色をしていた。

「湖の恵みを受けながら、人々が助け合って暮らしてきた村でした。今はもう、誰もいませんが」
「……なぜ?」

 鳥たちの姿に見惚れて、ぼうっとしながら侍従を見た。

「全て、滅ぼされたからです。亡き王太子に」

 言われた意味がわからなかった。

「……兄に?」

 侍従は、私の瞳を見た。瞳の中にあったのは、燃え立つ憎しみと怒りだった。

「そうです、アルベルト殿下。殿下の優しい兄君に、私の一族は殺されました」

 侍従の言葉が、澄み切った空気の中に響き渡る。

「貴方の命を助ける……。ただ、それだけの為に」
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