3 / 72
3.カランカンの客 ①
しおりを挟む僕たちの部屋は、高級娼館カランカンの最上階だ。客を迎えるための広々とした二間に、付人たちの控えの間。僕とオリーの寝室もある。
そっと客間に入って、飾り棚にある大きな壺の中に惚れ薬を隠した。あそこは僕以外掃除しないし、高価な壺の中だ。誰も気づかないだろう。下手に自分の部屋に置いたら、貯めていた給金のようにあっさり見つかってしまいそうだ。オリーが懇意にしてる商人を何人か思い出しながら、ふう、とため息が漏れた。
⋯⋯オリーが僕の金に手を付けたのなんて初めてだ。
自由を逃したことよりも、その事実が何だか心を重くする。
「相談してくれても、よかったのに」
僕じゃオリーの恋愛相談には乗れないと思われたのかな。見た目が子どもっぽいせいか、ろくに人から声をかけられたこともない。
⋯⋯これじゃあ、確かに。頼りにはならないよなあ。
何となく寂しくなって、夕暮れの景色を見たくなった。
客間から露台に出て、欄干をつかむ。目の前にはゆっくりと宵闇が降りてくるところだった。遥か彼方に山々の稜線が連なり、裾野には平野が広がる。間もなく世界は星明りだけになるだろう。
それなのに、自分の足元では魔法石の明かりがぽつぽつと灯り、往来は真昼のような明るさだ。いつまでたっても、この風景には慣れない。
明かりに照らされて、闇に浮かぶ朱塗りの門が目に入った。王都に近い『朱門のダングリム』。高級娼館ばかりが立ち並ぶ公娼街。
金のない者と一見の客はお断りで、貴族や豪商だって、紹介状が無ければ門すらくぐれない。娼妓となる者たちは見世に出すまで徹底的に教養を身に付けさせられる。そんなことを知ったのも、この店に連れて来られてからだった。
「⋯⋯ラウェル」
吹き上げる風にぶるりと震えれば、後ろからぎゅっと抱きしめられた。ふわりと花の香りがする。顔を見なくてもわかっている。僕にそんなことをするのは一人だけだ。
オリーの腕の中は広くて暖かい。僕の体が小さいせいもあるけれど、オリーの腕の中にすっぽり入ってしまう。見た目は細いくせに、オリーの体はしっかり鍛えられている。「ラウェル一人ぐらい、いつでも守れないとね」が口癖なんだ。金糸の髪がはらりと目の前に落ちてきて、ああ、綺麗だなと思う。
「あのさ⋯⋯。まだ、怒ってる?」
「別に、もう怒ってない」
「⋯⋯ごめんね。お金は必ず、返すから」
オリーが僕の髪に頬を摺り寄せる。ちらっと上を見たら、真昼の蒼空みたいな明るい色の瞳と目が合った。ああ、僕の大好きな蒼空だ。オリーの瞳はすごく綺麗だから、じっと見つめられると、いつも仕方なく許しちゃうんだ。怒りなんか続かない。
「いいよ。たださ、オリーが僕の金を持ち出したのは初めてだよね。いつもは、必要なら頼んでくるじゃない? よっぽど、あの薬が欲しかったんだね」
オリーの頬が赤くなって、何か言いたげに瞳が激しく瞬いた。鼻先と鼻先が触れそうな距離まで、顔が近づいてくる。
「ラ、ラウェル⋯⋯、あの! 俺!」
「ん?」
その時、ぱたぱた、と足音が聞こえて、戸がからりと開いた。
「オリヴィ様あ! どこですか? 見つかりましたか?」
「こちらにはありませんでしたよ!」
「あれ? ラウェル様?」
次々に客間に入ってくる付人たちの声に振り返った。一瞬強くなったオリーの腕から、ふっと力が抜ける。
「みんな、探しもの?」
「オリヴィ様が買ったお薬が見つからないんです」
「⋯⋯ああ」
オリーがどうしてもというなら、仕方ない。渡してあげてもいいけど。本当は自分の力で告白した方がいいと思うんだけどな。
もう一度オリーを見れば、眉を寄せて、固く唇を噛み締めていた。
42
あなたにおすすめの小説
向日葵畑で手を繋ごう
舞々
BL
琥珀は付き合っていた彼氏に「やっぱり男とは手が繋げない」とフラれてしまい、そこから更に人を避けて生きるようになった。笑うことさえなくなった琥珀を心配した母親は、琥珀の夏休み期間だけ自分の生まれ故郷である秩父へと送り出す。そこで久しぶりに再会した悠介は、琥珀のことを子ども扱いするものの、事あるごとに自然と手を繋いでくれる。秩父の自然に触れながら、琥珀はいつしか明るく優しい悠介に惹かれていったのだった。
ユキ・シオン
那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。
成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。
出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。
次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。
青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。
そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり……
※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
洗濯日和!!!
松本カナエ
BL
洗濯するオメガバース。BL。
Ωの鈴木高大は、就職に有利になるためにαと番うことにする。大学食堂で出逢ったαの横峯大輔と付き合うことになるが、今までお付き合いなどしたことないから、普通のお付き合い普通の距離感がわからない。
ニコニコ笑って距離を詰めてくる横峯。
ヒート中に俺の部屋においでと誘われ、緊張しながら行くと、寝室に山ができていた。
巣作りしてもらうために洗濯物を溜め込むαと洗濯するΩ。
12話一旦完結からの17話完結。
卒業旅行番外編。
(素敵な表紙はpome様。感謝しかありません)
※大島Q太様のTwitter企画「#溺愛アルファの巣作り」に参加したのを加筆して出します。
※オメガバースの設定には、独自解釈もあるかと思います。何かありましたらご指摘下さい。
※タイトルの後ろに☆ついてるのはRシーンあります。▲ついてるのはオメガハラスメントシーンがあります。
忘れられない君の香
秋月真鳥
BL
バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。
両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。
母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。
アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。
最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。
政略結婚から始まるオメガバース。
受けがでかくてごついです!
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる