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31.暗闇の中の光 ①
しおりを挟むアナンたちの言った半日は、とうに過ぎた。
誰も僕を迎えに来る者はいない。アナンやシオンは、あのまま監察官たちの相手をしているのだろうか。監察官たちがまだ屋敷にいるのなら、下手に動くことは出来ないだろう。
用意された花の蜜はなくなり、少しずつ飲んでいた水も尽きた。パンや果物は少しも喉を通らず、ぼうっとして体がだるい。思ったよりもずっと早く、自分の中の力が尽きようとしているのを感じる。
『何かあったら、必ず俺を呼んで』
暗闇の中に浮かぶ仄かな光のように、オリーの声が聞こえる。
『忘れないで。どこにいても、真っ先に駆け付けるから』
奥歯をぐっと噛んだ。
時間が経った今ならわかる。
僕は、いつだってオリーに守られていた。
物心ついた時には、二人きりで人里離れた場所を旅していた。その日暮らしでも、寂しいことも辛いこともなかった。オリーがいてくれたら、何も怖くない。
旅暮らしの中で、子どもだけを狙う悪党に攫われそうになったこともある。その時のオリーはまるで人が変わったようだった。魔力で相手の力を抜き取った後、すぐにその街を去った。
お人好しで騙されてばかりいたけど、オリーに警戒心がなかったわけじゃない。だって、変に絡んでくるような人間がいた時は、僕を抱えて真っ先にその場所から逃げ出していたもの。
『騙す人間よりも、騙される方がいいかなって思うんだよ⋯⋯』
一つのパンを二人で分けながら、オリーが呟いたことがあった。あの時、僕は何て答えたんだろう。確か、オリーは騙されすぎだと思うけど? って口答えをしたんだ。
オリーは、少しだけ眉を下げて、ラウェル、騙す方法は覚えないでくれ、って言った⋯⋯。
胸の奥が痛い。オリーはいつも、優しい心だけを僕に見せて、教えてくれた。
逃げ出してきたのに、会いたいと思うなんて勝手だ。でも、少しだけならいいだろうか。呟くだけなら、許されるだろうか。
「オリー」
前にもオリーを呼んだことがあった。ああ、あれはアナンの屋敷で襲われそうになった時だ。あの時とは違っても、やっぱり僕はオリーを呼ぶ。
「⋯⋯会いたいよ、オリー」
ドクン、と体の中で何かが脈打った。
オリーの名を口に出すと、体に細かな震えが走る。
ドクドクドク⋯⋯、と動悸がする。
何だろう、これ。
今まで感じたことがないような熱がゆっくりと巡って、体が火照っていく。背にぞくぞくと寒気を感じ、骨がきしむような痛みも微かに混じる。思わず自分で自分の体を抱きこむようにして体を丸めた。
病にかかって、急激に熱が上がる時と似ている。
いつの間にか、熱が出ていたのだろうか?
水が飲みたいと思ったけれど、もう少しも残っていないことに気がついた。体が熱くなるだけでなく、なんだか頭もぼうっとしてくる。
熱が出た時は脱水に気をつけろとオリーがよく言っていた。昔、ぐったりした僕の体を抱きかかえて、オリーは少しずつ水を飲ませてくれた。優しい手がすぐ隣にあった。
「オリー⋯⋯。助けて」
遠すぎて届きはしないだろう。それでも。
オリーの名を呼ぶだけで、こんなに心が震える。
「オリー⋯⋯」
目の奥に、金色の眩しい光が揺れる、明るい陽射しのような黄金の髪。色を捉えられなくなった今も覚えている。僕を見る優しい青い瞳も。
頬に一筋、涙が伝う。
体の中の水が全て涸れたら、この命も終わる。
⋯⋯せめて、もう一度会えたら。
ひやりとした手が、僕の頬に触れる。
長い指が、目尻の涙を拭う。
ぽた、ぽたと幾つも落ちてくるのは⋯⋯、涙だ。
「⋯⋯誰?」
目を開けても、何も見えない。それでも、魂の輝きは感じとることができる。明るく美しい光が人の形をとっている。
ああ、なんてあたたかい。
シオンの光の輝きとは違う。銀色の溢れる光が波のようにこちらまで押し寄せてくる。きらめく小さな光が体に触れると、ふっと息が楽になる。光は僕の体の隅々までを余さず包み込んでいく。
思わず手を伸ばせば、そっと握りしめられた。
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