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33.ミツドリの覚醒 ①
しおりを挟むオリーが、そっと僕に口づける。
「ラウェル」
名を呼ばれることが、こんなに甘いものだと初めて知った。唇が触れるたびに心がふわっと温かくなる。
唇だけでなく瞼や頬にも口づけられて、慌てるうちに腕の中に抱きしめられていた。
オリーの口から、絞りだすように小さな言葉がこぼれた。
「ラウェル⋯⋯、好きだ」
続けていくつも、いくつも。
──愛している、愛している。ずっとお前だけを想っている。
オリーの言葉は、まるで光の結晶のように形を持ってきらめいた。無数の光が僕の体の中に入ってくる。光は真っ直ぐに、体の中心へと向かう。
奥深くで脈打つものは⋯⋯熱の塊だ。この熱には覚えがある。そうだ、元は一本の瓶の中にあったもの。無色透明で莫大な魔力を秘めたもの。
オリーが買った、西の魔女の惚れ薬。それが僕の体の中で熱となり渦を巻き、オリーの言葉がたどり着く日を待っていた。僕が自分の心に目を向ける時を待っていた。
オリーは、僕の額に口づけながら囁いた。
「⋯⋯子どもの頃、大樹の下で白銀の殻を一目見た時にわかったんだ。ここにいる、俺だけのミツドリがいると思った。ラウェル、⋯⋯俺のミツドリ」
──⋯⋯ああ、届いた。
オリーの中のずっと変わらない想いが、体の中の熱の塊と一つになる。二つがゆっくりと混ざり合い、一つになって体の隅々まで伝わっていく。
僕の体から甘い香りが立ち上った。強い花の香りが体を満たし、急激に体温が上がる。
「ラウェル? この香り⋯⋯?」
熱い、熱い、熱い。
体がたまらなく熱かった。
体がきしみ、まるで骨がバラバラになるような痛みが走る。背中がたまらなく熱い。
「ラウェル? ラウェル! 大丈夫か?」
「⋯⋯うん。オリー、手を握って」
オリーが指に指を絡めるようにして、手を繋いでくれた。体はつらかったし頭がぼうっとするけれど、とても嬉しかった。
オリーに目を向けると、はっとしたようにオリーは呟いた。
「まさか、これ⋯⋯。体が」
ゆっくりと四肢が変化していく。
幼い子どもの体を抜け出すように、すらりと手足が伸びる。
細い髪が、ゆるく長く背を覆う。目尻が上がり、丸みを帯びた頬は、ほっそりとした輪郭に変わる。自分の体がまるで自分ではなくなったかのように、違うものになっていく。
──熱い。
背中がきしみ、熱くて痛い。
肩の少し下に二本の小さな亀裂が走る。亀裂の中から、少しずつ外に出ようとするものがある。
──熱い。痛い。痛い。
絡めた指に力を籠めた。オリーがぎゅっと握り返してくれる。震える僕の体を支えながら。
「オリー、オリー! 体が⋯⋯、背中が痛い」
「ラウェル、これは変化だ」
「変化、って。何が?」
「ミツドリが幼体から成鳥になる時、それまでとは、体が全く変わってしまう。本来なら群れの中でゆっくりとその時を迎えるんだ。今、信じられないぐらい急速にラウェルの体は変化している。体が速さに追いつかずに痛みを生んでいるんだと思う」
「⋯⋯大人に、なるってこと?」
オリーがそうだと言った。前に、ミツドリはゆっくり成長すると聞いたことがある。長い間オリーと一緒にいたけれど、オリーに比べて僕の成長は格段に遅かった。あれは種族の違いだったのか。
額に冷や汗が滲み、浅く息をしながらオリーの胸に頬をつけた。すると、頭の上から歌声が降ってきた。オリーが小さな声で優しく歌う。歌には癒しといたわりが籠もっている。強張っていた体が一気に楽になった。
ふう、と息をついた瞬間、全身に大きな震えが走った。がく、がくと体が揺れる。オリーが何か叫んだけれど、よく聞こえない。
ゆっくりゆっくりと、背の亀裂の中から伸びあがってきたものがある。それは、魔力の塊だ。自分の中の熱が全て背中に集まったかと思うと、一気に放出されていく。僕の背から放たれた力が、あっという間に大きく広がる。
「ラウェル! ラウェル! 翼が!」
──つばさ?
『⋯⋯私たちの希望、ラウェルナード』
遠い日の優しい声が耳の奥に響く。たくさんの優しい羽が次々に僕の体を撫でてくれた気がした。
すべての痛みが体から消え、顔を上げた時。僕の目の前には、大好きな蒼空の瞳が広がっていた。
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