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50.詩人と王都への道 ②
しおりを挟む泊まっている宿屋の一階は食堂になっている。騒めく階下に降りていくと、食堂にいた人たちが、はっとしたように僕たちを見た。口笛を鳴らす者もいる。オリーが突き刺すような視線を向ければ、ぴたりと話し声が止んだ。何となく居心地の悪さを感じながら、野菜のスープに硬いパンのついた朝食を口に運んだ。
買い物に出ようとすると、食堂の女将に呼び止められた。女将は僕をしげしげと見る。奥に引っ込んだかと思うと、一枚の布を手に戻ってきた。
「これを巻いておいき。そのまま外に出るのは、どうにも危なっかしい気がするねえ」
「あ、ありがとう」
「⋯⋯ラザックの市には色々なのが集まるから、気をつけるんだよ。あんたのお連れも綺麗だけど、そっちは強そうだからね」
僕はこくこくと頷いた。確かに、最近のオリーは中性的な感じがすっかり消えて男性にしか見えない。
女将の手を借りて、布で髪と口元を覆い、目だけ見えているような格好になる。大きめの上着にすっぽりとくるまれて宿屋を出た。
ラザックの街は活気にあふれている。人々が行き交い、何台も荷車が通る。今日は月に一度の市が立つ日だと言うから、それもあるのかもしれない。考えてみれば北の屋敷で過ごす前は王宮にいて、その前はカランカンで暮らした。閉ざされていない外の空気を吸ったのは、久しぶりだ。
オリーは、きょろきょろしている僕の手を握った。ちらりと僕を見て、迷子になりそうだから、なんて呟いている。
僕たちは服に靴、日持ちのする食べ物を買い込んだ。北の屋敷の衣裳部屋から見繕った服は、どうにも旅には向いていない。
最後にオリーは市の端で地に座り込む露天商に声をかけた。黒い布の上に数点の装飾品が置いてある。
「その銀の髪紐を」
「銀貨一枚」
僕はぎょっとした。オリーが求めたのは、魔導士たちがよく髪を結んでいる細く編み込んだだけの紐だ。とてもそんな高価な値がつくようには思えない。それなのに、黙って革袋から銀貨を渡す。
そして、一休みしようと座った木陰で、オリーは僕に髪紐を手渡した。
「ラウェル、これで髪を結んでほしい」
「これ、さっきオリーが銀貨を払っていた紐でしょう? そんな高価なもの、もらえないよ」
僕が首を振ると、オリーが真剣な表情で僕を見た。
「これは、ラウェルに必要なものだ」
「僕に?」
「その銀の糸の中には精度の高い魔法が編み込まれている。魔力の増幅が出来るんだ。魔導士たちがよく身に着けているのを見たことがないか?」
「ある。でも、僕には歌以外に魔力がないよ」
「⋯⋯俺の魔力を籠める。ラウェルを守れるように」
オリーの瞳は真剣だった。胸がドクンと鳴る。きっと、すごく心配してくれているんだ。
「わかった。髪につけるね。ありがとう」
オリーは髪紐を僕の手の平に置き、指先で触れた。温かな力がゆっくり流れ込んで、髪紐だけでなく体中に力が満ちていくような気がした。まるで月の光のように紐が輝いている。
布を外して紐で髪を一つに結ぶと、オリーがほっとしたように息をつく。
買い物も済んだし、もう宿に戻ろうと歩き始めた時だ。どこからか竪琴の音が聞こえた。市が立っている広場の中心には大きな木がある。そこに、大人や子どもたち、たくさんの人々が集まっているのが見えた。
ちょうど通り道だと近づけば、木の前に立つ人の姿が見える。竪琴に合わせて歌う声は澄んでいた。綺麗な声だと思っていると、一つの歌で足が止まった。
高く低く、流れるように歌う声は、不思議なほど懐かしく胸に響く。
オリーの眉がぐっと顰められた。
「この歌⋯⋯。まさか」
⋯⋯そうだ、人に歌えるわけがない。美しい歌声だけれど、これは本物ではない。
歌が終わり、たくさんの拍手が辺りに溢れた。吟遊詩人が華麗に挨拶をして手元の帽子を差し出すと、たくさんの金が投げ込まれる。
詩人が周りの人々と話しながら、こちらを見た。距離があるのに、一瞬、目が合った気がする。オリーがまるで視線を遮るかのように僕と詩人の間に立つ。
「ラウェル、宿に戻ろう」
「うん」
足早に歩きながら、ずっと視線に追われている気がした。そして、なぜ彼が知っているのかと思う。彼が歌っていたのは、白銀の殻の中で繰り返し聞いた歌。⋯⋯ミツドリの歌に、とてもよく似ていた。
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