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Ⅰ.スターディア
第1話 末っ子王子と乳母の教え①
しおりを挟む「もう泣かないでよ」
ぐすんぐすんと泣き声が止まない。
「だって王子⋯⋯」
「そんなに泣いても仕方ないって」
「な、なんでそんなにあっさりしてるんですか! 私は、私はもう悔しくて⋯⋯!」
「セツ、お前はそう言うけど、よく考えてごらんよ。ぼくだって、もはや18だ。適当な国に縁付くか、爵位をもらって国の為に働くしかない。うちの国は小さいから、王族をのうのうと養っていく余裕はないんだよ」
その言葉を聞き終わるや、侍従のセツはうわああん!と床に泣き伏してしまった。
一昨日、父である国王陛下に呼ばれて王の間に行った。
驚くことに、宰相や大臣たちまでが勢揃い。皆、一様に緊張した面持ちをしている。
「第4王子。イルマ・ラスシュタ」
「はい、陛下」
「お前の結婚相手が決まったよ」
「はあ」
ぼくの答えは間が抜けていたようで、大臣たちの顔が歪む。
「スターディア国のシェンバー王子だ。お前より4歳上で、つり合いも取れている」
どっかで聞いた名前だな⋯⋯と、ぼくは思った。
「先方からは早めの返事が欲しいと言われているが、どうだろう?」
「父上のお望みのままに」
そう答えると、広間には驚きとも安堵ともつかぬため息が漏れた。
「なんでシェンバ―王子なんですかあああ!」
自分の部屋に着くなり、血相を変えたセツが飛び込んできた。
「セツ、早すぎない? なんなの、その情報網?」
「侍従仲間の繋がりを舐めないでください! それよりも、シェンバー王子ですよ! よりによって、あのヤリチン!!」
「はあ」
すごい言葉を聞いた気がする。
「わ、私の大事な王子のお相手が有名な浮気者王子だなんて! 冗談じゃないですよ!!」
⋯⋯そうか、それでどこかで聞いたと思ったのか。
美貌を鼻にかけて、とっかえひっかえ食い散らかしていると評判の王子。ぼくは合点がいって頷いた。
ぼくは小国フィスタの末子、第4王子だ。上には跡継ぎの兄たちがいるし、姉もいる。
賢いとか美しいとか、そんな財産も特に持ち合わせていない。
もう決まったことだし、それで国の為になるならいいんじゃない?
そんな気持ちの返答がいけなかったらしい。
「まあ、いい噂を聞かない王子だから仕方ないけどさ。いざとなったら、慰謝料をもらって帰ってくればいいじゃないか。スターディアは大国だから、がっぽりもらって帰国すれば国庫も潤うだろ」
「な、なにを仰るんですか? 王子の名誉はどうなります? ヤリチン王子に捨てられたと一生言われるんですよ!!!」
「うーん、名誉じゃあ、人は食べていけないからなあ⋯⋯」
「王子!! 王家の尊い血筋にお生まれなのに、どうしてそんな!!」
「セツ、お前はそう言うけど、ぼくの性格の大半はお前の母が育てたんじゃないか」
ぼくは、まくしたてるセツに呆れて言った。
うっ!とセツは詰まった。
「そ、それを言われますと⋯⋯」
よろけるセツを見ながら、ぼくは引退してセツの実家にいる乳母を思い出した。
セツの母、ルチアはぼくの乳母だ。
ルチアは子爵家の令嬢で、その美貌は社交界でも有名だった。
しかし、残念なことに男運が悪く、見初められて結婚した侯爵はアルコールの急性中毒で死亡。結婚して3カ月も経っていなかった。その後、伯爵家の次男と再婚したものの、病気がちだった夫は持病悪化で死亡。
泣く泣く実家に戻れば、兄の子爵からは邪魔者扱いされる。ほとほと困り切っていたところに、妻に先立たれた幼馴染みの男爵と再会して結婚した。
男爵家も貴族とはいえ、決して裕福だったわけではない。日々のやり繰りに励んでいたルチアだが、三男のセツが生まれた時にぼくの乳母募集の知らせが来たのだ。
夫と子どもたちの為にとルチアは立ち上がった。
赤子のセツを抱き、王宮の門をたたいたのである。
「ルチアより家柄の良い乳母候補はたくさんいたけれど、ルチアほど真剣な者はいなかったわ」
王妃である母がおっとりと笑って語る。その話に、後になってぼくは考え込んだものだ。
窮地に立たされた時、人は真価を発揮するんだなあ。
「イルマ様、人生とは何があるかわからないものです」
乳母は、幼いぼくに言い続けた。
「今日ある幸せが明日もあるとは限らないのですよ。何があっても逞しく生きていけるよう、このわたくしがお育て申しあげます!!」
その言葉通り、ルチアは躾と共に、ぼくに市井の様々な事を教えた。
自分のことは自分ですること。
身の回りをいつも整えておくこと。
規則正しく暮らすこと。
成長するにつれて、王族に必要な教育も加わったけれど、ぼくはすっかり変わり種の王子に育ってしまった。侍従は乳兄弟のセツだけだし、セツが出来ることは大抵ぼくも自分で出来る。
「ルチアのおかげで、ぼくは縫物だろうが食事だろうが、自分のことは自分で出来る」
王子が厨房に入り込んで、こっそり料理を覚えていたなんて知ったら、兄たちは腰を抜かすだろう。
「王族たるもの、人々の日々の暮らしを知らねばなりません」
ルチアはそう言って、ぼくの手に小遣いを握らせた。
母も呑気に頷いてくれたので、ぼくとセツはしょっちゅう城下に出かけた。
末の王子だったせいで、あまり深く気にされなかったのかもしれない。
近衛騎士でぼく付きのサフィードだけは「死んでも王子から離れません」と言うので仕方なく一緒に行ったものだったが。
ぼくの返事を聞いてから、婚礼の支度はあっという間に進んだ。
上の王子の結婚もまだだと言うのに、末の王子が結婚するのはいかがなものか。一部でそんな話も出ていたらしいが、先方が嫌に乗り気なのと結納金がめっぽうすごかったらしい。
財務大臣の目の色が変わり、ぼくはさっさと先方の国に送られることになった。
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