【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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Ⅰ.スターディア

第2話 末っ子王子と乳母の教え②

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「イルマ殿下。宰相閣下のご子息がお見えです」
「宰相の⋯⋯! ああ、ユーディト!!」

 宰相の息子が扉の前に立っている。彼は、王立学校の同級生だ。
 ぼくは、手にしていた刺繍を小卓の上に置いて、椅子から立ち上がった。

「久しぶりだね、ユーディト。来てくれて嬉しいよ」
「殿下⋯⋯」

 王立学校では一番親しかった友人だ。結婚が決まってからというもの、忙しくてなかなか友人たちに会う機会もなかった。このまま誰にも挨拶せずに行ってしまうところだった。
 ぼくは嬉しくなって、部屋の入り口に立つ彼の手を引いて、中へと促す。

「⋯⋯申し訳ございません、直接部屋にお訪ねするなど無礼なことを」
「何、固いこと言ってるんだよ。会えて嬉しいよ」

 手際のいいセツが、香り高いお茶を淹れてくれている。
 ユーディトは、勧められるままに長椅子に座ろうとしたが、小卓を見て動きを止めた。

「殿下、これは⋯⋯」
「ああ、結婚衣装のヴェールなんだ。ぼくは特にすることもないから、せめて衣装の刺繍ぐらいしようかなって」
「殿下が御自ら⋯⋯!」

 ユーディトは、まるで今から死刑台に上るかのような顔色だった。

「いや、本当に暇だったからなんだけど」
 そう言っても、ユーディトの沈痛な顔は変わらなかった。


「先方は身一つでおいでください、と言っておられます」

 結婚の了承を告げた後、外務大臣がやって来た。財務大臣が目の色を変えただけあって、結納の品々も大層なものだったらしい。

 スターディアの方が比べるのも愚かなほど豊かなのはわかっている。資源も土地も小さいうちの国で誇れるものは精巧な技術位だ。手仕事の得意な国民性は様々な場面で発揮されている。

 刺繍は女性が得意なものの一つだが、ルチアは抜かりなく裁縫と共にぼくに教えてくれていた。
 手仕事は、いい息抜きになる。暇を見つけては励んでいるうちに、ぼくの腕はかなり上達していたのだ。


「ユーディト、折角来てくれたんだから、よく顔を見せてよ。ずっと父君の元で学んでいるんだって?」
「いえ、私は⋯⋯この国の⋯⋯殿下の御為になればと」
「学生時代も君が一緒にいてくれたから、何も困らなかったよ。本当にありがとう」
「殿下⋯⋯!」
「イルマって呼んでくれればいいのに。以前みたいに」

 ユーディトはうつむいたまま、肩を震わせている。
 ぼくは、親友が別れを惜しんでくれる姿に胸を打たれた。

 宰相の嫡子であるユーディトは優秀なだけでなく容姿に優れ、人望も厚い。
 王立学校は、お互いにこの春卒業したばかりだ。
 わずか数カ月しか離れていなかった学友との再会が別れの挨拶になるなんて。

「ほら、向こうの国から望まれたわけで、うちの国にも願ってもない話だと思うから」

「何を仰るのです! 先方の王子は話に聞くだけでも、とんでもない素行の持ち主です。イルマにはふさわしくない!!」
 ユーディトは怒りに燃えた顔を上げた。

「会ってみないと、噂が本当なのかもわからないじゃない?」
「わた、俺は、イルマをそんな奴の元にやりたくない⋯⋯」
「ユーディト⋯⋯」

 ユーディトが、ぼくの手をぎゅっと握りしめる。ぼくは、そこまで心配してくれるのかと目の奥が熱くなった。

「お茶が冷めますので⋯⋯」

 セツの一言に、はっとしたようにユーディトがぼくの手を離す。
 ぼくは指で目の端を拭いて、ユーディトに笑いかけた。

「心配しないで。ぼくなりに頑張ってみるよ。きっと何とかなると思う」
「イルマ!!」
 ユーディトの端正な顔が歪んだ。

「幸せは⋯⋯自分の手で勝ち取るものだよね」
 ぼくが言った途端、ユーディトの顔がはっとしたように輝いた。

 乳母の言葉だ。
 幸せもお金も天から降ってこない。地から湧いてはこないのです。
 自分の力で掴むのですよ、イルマ様。

 たとえシェンバー王子とうまくいかなくても、慰謝料がっつりもらって帰ってこよう。
 ぼくが新たな闘志に燃えていると、ユーディトがきっぱりと言った。

「わかった。俺も絶対あきらめない」

 ん?何を?と思ったが、聞くタイミングを逃した。

 ユーディトがぼくの手をとって跪いた。

「たとえこの先何があろうと、俺の心はイルマと共にある。どうか忘れないでほしい」
「⋯⋯ありがとう、ユーディト。そんなに思ってくれるなんて」
 ぼくはなんて素晴らしい友人を得たのだろう。

 ひとしきり話し込んだ後、ユーディトの侍従が宰相からの呼び出しを告げに来た。
 ユーディトに睨みつけられて震えあがるのが気の毒で、ぼくは思わず言った。

「ユーディト、また会えると思うから」
「⋯⋯必ず。その日まで一日千秋の思いでイルマを想っている」
 大げさだなあと、名残惜し気なユーディトを見送る。

 セツが複雑そうな表情でぼくを見ていた。
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