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Ⅰ.スターディア
第4話 浮気者王子と黒髪の騎士②
しおりを挟む「だから、私があれほど申し上げたではありませんかぁあぁあ!」
両耳をわざとらしく指で塞いでも、セツの声が聞こえる。びっくりだな。
セツが叫びたくなる気持ちもわかる。
でも、ぼくだってここまでシェンバー王子が阿呆だとは思わなかった。
セツを何と宥めようか考えていたら、扉が叩かれた。
「どうぞ!!」と声高に叫ぶ。
侍従が泣き叫んでいるのだから、取り次ぎどころではない。
部屋に一礼して入ってきたのは、サフィードだった。
ぼくの輿入れに故国からついてきてくれた近衛騎士。
黒髪の騎士は片膝を立て、片足を折って床につける。さらに、腰から抜いた剣を両手に持ち、頭上高くに掲げていた。
目の前で、騎士の命ともいわれる剣が捧げられている。
「顔をあげて、サフィード」
サフィ―ドは、澄んだ黒い瞳でぼくの目をまっすぐに見た。
「イルマ殿下。どうぞこの私に、シェンバー王子を弑する許可をお与えください」
⋯⋯有り得ないだろ。
ぼくは唾を飲みこんだ。
セツがぼくの後ろで「ひっ!」と小さく叫ぶ。
「サフィ―ド、許しません。シェンバー王子は、スターディアの正統なる第2王子。王太子殿下に何かあれば次代の国王になる方です。言葉を慎みなさい」
騎士は、ぼくの言葉に項垂れた。そして。
「恐れながら、このサフィ―ド、イルマ殿下の名誉に泥を塗った者を生かしておくなど、断じて出来ません!」
肩が細かく震え、途切れ途切れに言葉が語られる。
ぼくは、頭を抱えたくなった。
騎士にとって、名誉を汚されることは死と同じ。
でもね、相手は諸外国に知れ渡った浮気者だ。人間、簡単に性根は変わらない。時期を考えない阿呆だってことには驚いたけど。
頭に浮かんだ言葉を簡単に口にすることは出来なかった。あまりにサフィ―ドの顔が悲痛に歪んでいたから。
「サフィ―ド、ぼくの守護騎士。どうかこらえておくれ。お前がシェンバー王子を斬れば、フィスタも無傷では済まない。それは、お前の本意ではないのだろう?」
ぼくの言葉を聞いた騎士は、がくりと肩を落とした。
「最悪、両国は戦になるかもしれないし、ぼくは幽閉か首をはねられる恐れもある。まだ死にたくはないんだ」
「殿下! では、では私はどうすれば⋯⋯!!」
項垂れる黒髪の騎士に近寄って、ぼくは肩に手をかけた。
「お前の忠誠心はよくわかっているよ。シェンバー王子との婚約は破棄だ。じきに国に帰ることになるだろう。今後は、ぼくを守る供がいない。お前の力が必要なんだ」
サフィードの顔が、光が差したように輝いた。
輿入れの際には、スターディアから精鋭の騎士たちが豪華な馬車と共にやってきた。でも、帰りはろくに騎士もつかないだろう。国同士をつなぐ街道沿いには盗賊が出る場所がいくつもある。
サフィードは、代々武門で名をあげ、その功績で爵位を得た家の出だ。謹厳実直、王家への忠誠も人一倍篤い。彼がいれば、無事に国に帰れる確率が段違いだ。
思わず、騎士の手をとって、強く握りしめてしまう。
「お前が頼りだよ、サフィード。国からぼくについてきてくれた者は、セツとお前の二人だけ。どうかぼくを助けてほしい」
「この命に代えまして⋯⋯! 必ずやイルマ殿下をお守り致します!!」
感激したらしいサフィードは、真っ赤になっていた。ぼくの手を握り直して、まさに涙を流さんばかりだ。
乳母は言った。
よろしいですか、イルマ様。
当てが外れた時にも、人間腐ってはなりません。一つのことにこだわらず、さっさと他の道を探すのです。
まずは国に帰って、大臣たちや父上と今後を話し合おう。慰謝料の額も確認しなければ。
ああ、そうだ。先にロダナムの大使への根回しも十分にしないと。
金勘定に走り始めたぼくを現実に戻すかのように、セツが言った。
「イルマ様。まずは、その手をお放し下さい。サフィード殿が倒れます」
はっとして手を離すと、大きな騎士の体がぐらりと揺れた。
「ちょ! サフィード、しっかりして!!」
「まさか、こんなに早く国に帰る話が出るなんて」
豪奢な客室で、セツが新たなお茶を淹れながら、ため息をつく。
ぼくは、無言のまま次々に書類を仕上げていた。
事の次第を書状に纏め、概算で請求金額をあげていく。
「よし! これで大丈夫だ」
「相変わらずですね。財務大臣が実は一番、殿下が嫁がれることを嘆いておられたんですよ。ご存じでしたか?」
「ええー、知らないよ。ちっともそんな様子なかったと思うけど」
「結納金に目が眩んでいらしたんですよ。大臣の侍従が、殿下を何としてもご自分の部署にお迎えしたいと叫んでるって、言ってましたからね」
そうだったのか。
王族と言っても、跡継ぎ以外は、結婚で国を出るか自国で働くかだ。資源もない小国は、王子だって働かなきゃやっていけないのだ。
でも、財務大臣のところは、やることが多そうだから嫌なんだよな。
「あー、セツの淹れてくれるお茶は美味しい!」
ぼくの唯一の楽しみはお茶だ。
セツが上手に淹れてくれるから、お茶だけは自分では淹れない。
思わずにこにこしながら、二杯目をねだった。
「⋯⋯ほんと。そんな笑顔で言われたら困っちゃうんですよね」
「え? やっぱり自分で淹れなきゃダメ?」
慌てて言うと、セツが笑う。
「いくらでもご用意致しますよ。そうじゃなくて⋯⋯」
ふわあ。
セツの言葉を遮るように、あくびが出た。
「あ、ごめ⋯⋯」
「今日は、お疲れになりましたでしょう」
「セツもね。いつも、ありがと」
「⋯⋯王子のそういうところが」
セツの言葉を聞き終わらぬうちに。
ぼくのまぶたは閉じかけていた。
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