【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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Ⅰ.スターディア

第9話 末っ子王子と国境の市場①

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 西門を出てから、旅は順調に進んでいる。
 白馬はぼくの話をよく聞いてくれるし、栗毛の馬たちも元気だ。
 盗賊に襲われた時は、サフィードの鬼神のような働きで難を逃れた。

 ぼくは、すっかり気をよくしていた。
 スターディアは領土が広いので、王都を出てから国境に至るまで、幾つも町や村がある。
 何しろ、来るときはフィスタからスターディアまで7日間もかかったのだ。
 あの時は、迎えの者たちが全て世話をしてくれたし、ほとんど馬車から出ることもなかった。

「むやみにお姿をお見せになりませんように」
 そわそわしたぼくの様子を見て、スターディアの騎士が囁いた。そう言われては仕方がない。馬車の窓にかけられた薄布越しに外をのぞく位で、ずっとおとなしくしていた。
 あの時のさを晴らすかのように、町や村に滞在するわずかな時間を楽しんだ。

 天気も良く、必要な物も滞りなく手に入る。
「あー、旅はやっぱり、自分の思うように動けた方が楽しいなあ」
 思わず笑顔になってしまう。急ぐ旅ではあるけれど、どこか心が弾む。
「イルマ様、本当に楽しそうですねえ」
 セツとサフィードが笑う。

「だって、ぼくは今までフィスタから出たことがなかったんだよ。兄上たちは他国に留学されてたけど、姉上とぼくはずっと国にいただろう。実はスターディアに行くのを結構楽しみにしてたんだ」
 シェンバー王子とも、うまくやっていけたらそれでよかった。特に恋愛関係を期待していたわけでもない。
 浮かんだ言葉を口には出さずに、美貌の王子のことを思い出す。
 なんだかもうずいぶん前のことみたいだ。

「ん? どうした?」
 前方に大きな町が見えた時だった。白馬が急に歩みを止めた。

 耳がぴくぴくと動き、落ち着きがなくなる。
 セツとサフィードが乗る栗毛の馬たちに変化はなかった。
 ぼくは、馬から降りて白馬の鼻づらをそっと撫でた。
「⋯⋯何があった? お前の不安なことを教えておくれ」
 黒い瞳が、静かにぼくに向かって語りだす。

「セツ、サフィード。この街道からそれて、あの木々の影に入ろう」
 二人は、ぼくの目を見て何かを察したように頷いた。
 ぼくらは急いで街道から離れ、密集した木々の間に移動した。馬たちを脅えさせないように、静かに。

 馬の蹄の音が聞こえた。
 訓練された馬たちが、正確なリズムで地を蹴る。見事な体躯の馬たちが揃って街道を疾走していく。
 騎乗している者たちは黒の頭巾を被り、同じ色の外套を全身にまとっていた。
「三騎だな」
「スターディア第一騎士団の者と思われます」
 サフィードが遠ざかる影を真剣に見つめながら言った。

「⋯⋯いつか追いつかれるとは思ってたんだよね」
 ぼくは、ふうとため息をついた。
僭越せんえつながら、もっと早くに追いつかれていてもおかしくないと思っておりました」
 騎士が静かに言う。
「うん、ぼくもそう思う。おかげで、あと少しのところまで来られた」

 視線を投げれば、小高い丘の上に辺境伯の住まう大きな城が見える。
 国境の町は、辺境伯の城下町。
 ここまで来れば、フィスタは目と鼻の先だった。

「どうします、イルマ様」
「国境を封鎖されでもしなきゃ、帰れると思う」
「そこまでするでしょうか?」
「んー、さすがにしないと思うけど。問題なのは国境を越えて向こう、うちの国は何もないんだよねえ」
 スターディアとの国境には川、その先は『黒の森』と呼ばれる広大な森だ。

「スターディアと違って、丸二日間は馬で走らないと町にも着きませんしねえ」
「ここで水や食べ物を補給しないと、国境を無事に越えても日干しになっちゃう」
 サフィードはまだしも、鍛え慣れていないぼくとセツはもたない。
「仕方ない。急いで水と食べ物を手に入れよう」

 どちらにしろ、騎士たちが辺境伯に目通りして何らかの許可を取るには時間がかかるはずだ。
 必要な物を手に入れたら、すぐにここを発とう。

 町の中で食事をするのは諦め、セツと二人、分かれて市場で食べ物と水を買い求めた。
 サフィードは馬たちを休ませ、体の調子を見てくれている。白馬には言い聞かせておいたので、騎士に従ってくれるはずだ。

 市場の端の店で果実と干し肉を求めた時、話し声が聞こえた。
「城の騎士たちが国境に集まってきているそうだ」
「なんでまた急に」
「よくわからんが、国境の見回りに騎士団が総出なんだと」
 人々は騒めき、ぼくは嫌な予感がした。

 国と国の間は、川が緩々と流れている。
 橋が数か所渡され、普段から兵はいても見回り程度だと聞いていた。
 何十年も前から和平協定が結ばれているおかげで、国境とは言っても出入りが大変なわけではない。
 行き来は基本、自由。商人の荷物だって橋を渡る時に簡単な確認程度しかされないという。

 大柄な男たちが市場に入ってくるのが見えた。甲冑と剣の擦れる音。騎士たちだ。
 ぼくは咄嗟とっさに外套についている頭巾をすっぽりと被った。
「ああ、怖がることはありませんよ、坊ちゃん。あれはお城の騎士たちでさあ」
「さっき、国境がどうって」
「どうも、検問が行われるようですがね」

 検問!!!
 叫ばなかった自分をほめたい。

 慌てて店主に金を払い、サフィードと馬たちの元に戻ろうとする。

「おっと」
「あ、すみません」
 脇から出てきた男にドンとぶつかる。持っていた袋から果実がコロコロと転がった。
 慌てて拾っていると、しゃがみこんで手伝ってくれる男の腰に剣が見えた。
 緊張が走り、咄嗟にうつむく。

「も、申し訳ありません、騎士様」
「いや、こっちこそ。急いでいたから」
 丸い実を手渡してくれる手には、剣だこができている。
 そっと視線を向けると、人のよさそうな若い顔があった。
「これで全部か?」
「はい、ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げると、騎士は、微笑んでその場を離れた。
 
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