9 / 202
Ⅰ.スターディア
第9話 末っ子王子と国境の市場①
しおりを挟む西門を出てから、旅は順調に進んでいる。
白馬はぼくの話をよく聞いてくれるし、栗毛の馬たちも元気だ。
盗賊に襲われた時は、サフィードの鬼神のような働きで難を逃れた。
ぼくは、すっかり気をよくしていた。
スターディアは領土が広いので、王都を出てから国境に至るまで、幾つも町や村がある。
何しろ、来るときはフィスタからスターディアまで7日間もかかったのだ。
あの時は、迎えの者たちが全て世話をしてくれたし、ほとんど馬車から出ることもなかった。
「むやみにお姿をお見せになりませんように」
そわそわしたぼくの様子を見て、スターディアの騎士が囁いた。そう言われては仕方がない。馬車の窓にかけられた薄布越しに外を覗く位で、ずっとおとなしくしていた。
あの時の憂さを晴らすかのように、町や村に滞在するわずかな時間を楽しんだ。
天気も良く、必要な物も滞りなく手に入る。
「あー、旅はやっぱり、自分の思うように動けた方が楽しいなあ」
思わず笑顔になってしまう。急ぐ旅ではあるけれど、どこか心が弾む。
「イルマ様、本当に楽しそうですねえ」
セツとサフィードが笑う。
「だって、ぼくは今までフィスタから出たことがなかったんだよ。兄上たちは他国に留学されてたけど、姉上とぼくはずっと国にいただろう。実はスターディアに行くのを結構楽しみにしてたんだ」
シェンバー王子とも、うまくやっていけたらそれでよかった。特に恋愛関係を期待していたわけでもない。
浮かんだ言葉を口には出さずに、美貌の王子のことを思い出す。
なんだかもうずいぶん前のことみたいだ。
「ん? どうした?」
前方に大きな町が見えた時だった。白馬が急に歩みを止めた。
耳がぴくぴくと動き、落ち着きがなくなる。
セツとサフィードが乗る栗毛の馬たちに変化はなかった。
ぼくは、馬から降りて白馬の鼻づらをそっと撫でた。
「⋯⋯何があった? お前の不安なことを教えておくれ」
黒い瞳が、静かにぼくに向かって語りだす。
「セツ、サフィード。この街道からそれて、あの木々の影に入ろう」
二人は、ぼくの目を見て何かを察したように頷いた。
ぼくらは急いで街道から離れ、密集した木々の間に移動した。馬たちを脅えさせないように、静かに。
馬の蹄の音が聞こえた。
訓練された馬たちが、正確なリズムで地を蹴る。見事な体躯の馬たちが揃って街道を疾走していく。
騎乗している者たちは黒の頭巾を被り、同じ色の外套を全身に纏っていた。
「三騎だな」
「スターディア第一騎士団の者と思われます」
サフィードが遠ざかる影を真剣に見つめながら言った。
「⋯⋯いつか追いつかれるとは思ってたんだよね」
ぼくは、ふうとため息をついた。
「僭越ながら、もっと早くに追いつかれていてもおかしくないと思っておりました」
騎士が静かに言う。
「うん、ぼくもそう思う。おかげで、あと少しのところまで来られた」
視線を投げれば、小高い丘の上に辺境伯の住まう大きな城が見える。
国境の町は、辺境伯の城下町。
ここまで来れば、フィスタは目と鼻の先だった。
「どうします、イルマ様」
「国境を封鎖されでもしなきゃ、帰れると思う」
「そこまでするでしょうか?」
「んー、さすがにしないと思うけど。問題なのは国境を越えて向こう、うちの国は何もないんだよねえ」
スターディアとの国境には川、その先は『黒の森』と呼ばれる広大な森だ。
「スターディアと違って、丸二日間は馬で走らないと町にも着きませんしねえ」
「ここで水や食べ物を補給しないと、国境を無事に越えても日干しになっちゃう」
サフィードはまだしも、鍛え慣れていないぼくとセツはもたない。
「仕方ない。急いで水と食べ物を手に入れよう」
どちらにしろ、騎士たちが辺境伯に目通りして何らかの許可を取るには時間がかかるはずだ。
必要な物を手に入れたら、すぐにここを発とう。
町の中で食事をするのは諦め、セツと二人、分かれて市場で食べ物と水を買い求めた。
サフィードは馬たちを休ませ、体の調子を見てくれている。白馬には言い聞かせておいたので、騎士に従ってくれるはずだ。
市場の端の店で果実と干し肉を求めた時、話し声が聞こえた。
「城の騎士たちが国境に集まってきているそうだ」
「なんでまた急に」
「よくわからんが、国境の見回りに騎士団が総出なんだと」
人々は騒めき、ぼくは嫌な予感がした。
国と国の間は、川が緩々と流れている。
橋が数か所渡され、普段から兵はいても見回り程度だと聞いていた。
何十年も前から和平協定が結ばれているおかげで、国境とは言っても出入りが大変なわけではない。
行き来は基本、自由。商人の荷物だって橋を渡る時に簡単な確認程度しかされないという。
大柄な男たちが市場に入ってくるのが見えた。甲冑と剣の擦れる音。騎士たちだ。
ぼくは咄嗟に外套についている頭巾をすっぽりと被った。
「ああ、怖がることはありませんよ、坊ちゃん。あれはお城の騎士たちでさあ」
「さっき、国境がどうって」
「どうも、検問が行われるようですがね」
検問!!!
叫ばなかった自分をほめたい。
慌てて店主に金を払い、サフィードと馬たちの元に戻ろうとする。
「おっと」
「あ、すみません」
脇から出てきた男にドンとぶつかる。持っていた袋から果実がコロコロと転がった。
慌てて拾っていると、しゃがみこんで手伝ってくれる男の腰に剣が見えた。
緊張が走り、咄嗟にうつむく。
「も、申し訳ありません、騎士様」
「いや、こっちこそ。急いでいたから」
丸い実を手渡してくれる手には、剣だこができている。
そっと視線を向けると、人のよさそうな若い顔があった。
「これで全部か?」
「はい、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、騎士は、微笑んでその場を離れた。
88
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです!
名前が * ゆるゆ になりました。
これからもどうぞよろしくお願い致します!
表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜
MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。
竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。
※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる