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Ⅰ.スターディア
第8話 末っ子王子と宿屋の白馬②
しおりを挟む「まずは通行手形ですよ。来るときは王家の馬車でしたけど、こちらから出ることなんて考えてないじゃないですか」
セツが眉間にしわを寄せて言う。
「セツ、お前、ルチアから常々言われてたんじゃないの?」
「えっ⋯⋯、何をです?」
「転ばぬ先の杖!」
ぼくはそう言って、斜めにかけた鞄の中から3人分の通行手形を出した。
「イ、イルマ様、これ、どうしたんです?」
「ふふふー! こんなこともあろうかと、フィスタにいた時に作っておいたんだ!!」
「⋯⋯こ、こんなこと、って」
「浮気者の夫を持って腹が立っても、国から出られなかったら籠の鳥だろ。ずっと我慢してるなんて御免だし、父上も兄上も嫌だったらさっさと帰って来いって」
「ええええ──。そんな! 母は我慢や辛抱って言葉もお教えしたはずでは⋯⋯」
セツがぶつぶつ言っているが、それどころではない。
「これ作るの、結構大変だったんだよ。時間はなし、偽造手形だからね。お金もかかったし」
「イルマ様!!」
セツの声は悲痛だったが、サフィードは一言も発さなかった。
「いい? 今から国境を越えるまで、ぼくたちの本当の名前は使えないから」
きっぱり言うと、二人は黙って頷いた。
宿の主人に馬を2頭買いたいから伝手はないかと言うと、自分の厩の馬はどうかと言ってきた。ぼくの顔をじろじろと見た上で、市場の倍の値段を吹っかけてくる。
厩に行けば、おとなしそうな栗毛の馬たちが繋がれていた。悪い馬ではなかったが、明らかに値段に見合わない。
「⋯⋯高すぎないか」
「お若い旦那様、こちらがスターディアの相場でございますよ。ここは王都ですし、他の国とは違うのでね」
いかにも田舎者にはわかるまいという顔で見られたが、腹を立てても仕方がない。
ふと視線を投げると、外れに繋がれている馬が見えた。
「あれは?」
「ああ、あの馬は先日やってきた商人が連れていた馬ですが、そいつがどっかから仕入れたらしくて。誰の言うことも聞かないのですよ。宿賃の代わりに引き取ったものの、手に負えませんのでね。売りに出そうと思っていたところです」
主人は心底嫌そうな顔をした。
「⋯⋯へえ」
ぼくは、馬に近づいた。
白い見事な体躯に、鼻づらにはいくつも黒い斑点がある。警戒するようにこちらに向かって唸っている。毛艶が悪く、たてがみは伸びっぱなしで荒んだ目つきをしていた。
馬の心には強い警戒心と憎しみがあった。無理やり連れて来られて手荒な扱いを受けてきたのがわかる。
「⋯⋯もう大丈夫だから。怖くないよ」
ぼくはそっと近づいて、話しかける。馬は本来穏やかで優しく利口な生き物だ。臆病なところがあるから怖がらせてはいけない。
昔から動物は得意だった。懐かぬはずの生き物とも、いつのまにか心を通わすことが出来た。
「ぼくたちを乗せてほしいんだ。頼めるかな⋯⋯」
馬の瞳がぼくを捉えながら少しずつ落ち着いていくのを、静かに見守っていた。
宿屋の主人と交渉して、栗毛の馬2頭に加えて半値でこの馬を買い、飼い葉とぼくたちの当面の食料を用意させた。
白馬も買うと言ったら、主人は驚いた様子だったが、厄介者を押しつけられると思ったのだろう。新しくはないが、白馬にも鞍を付けることを了承した。
「名馬に癖あり、って言うじゃないか。この子もちょっと暴れてたみたいだけど、これからは大丈夫だと思うんだ」
ぼくが言うと、セツが何やら呟いた。
「私は、それはイルマ様のことだと思いますよ」
「へ?」
「その言葉、人に使うじゃありませんか。非凡な才能をもつものは個性が強いところがある、って」
「そうだっけ?」
ぼくは宿の主人に用意させた飼い葉と水を馬に与えた。可哀想に、よほどお腹が空いていたのだろう。夢中になって食べている。
「ところでセツ。セツも馬には乗れたよね?」
「ええ、あまり得意ではありませんが」
「乗れないなら、サフィードと二人で乗ってもらうことになるよ。あの白馬、乗せてくれるかな?」
朝になって白馬の元に向かう。
サフィードが近づいた途端に警戒して、頭を上げて暴れようとする。騎士の馬にピッタリだと思って買ったのに、白馬はどうやっても、ぼくしか乗せてくれそうにない。
結局、ぼくが白馬に、セツとサフィードはそれぞれ栗毛の馬に乗ることになった。
王都の四方の門は、朝早くから開かれる。
たくさんの商人たちが列を成すからだ。
ぼくたち3人は、商人の跡取り息子と従者、その用心棒ということで堂々と西門を通過した。
翌日、死ぬほどの怒号がそこに鳴り響くとは、まだ誰も知らずに。
☆★☆
翌昼。
「見つからない?」
シェンバー王子の声が、執務室に静かに響き渡った。
侍従も騎士も固唾を呑んでいる。
王子の美しい面差しは疲れを見せ、うっすらと目の下に隈が浮かんでいた。
イルマ王子たちがいなくなってから、丸1日たつ。
部屋には、近衛隊長と王宮及び王都を守る第一騎士団の団長が詰めていた。
「恐れながら、王子。騎士たちを王都じゅうに派遣し、お三方の特徴にあった者たちを隈無く探させておりますが、今だ見つかっておりません」
第一騎士団長が言う。
「もう、王都にはおられないのでは⋯⋯」
続けて、近衛隊長が言った。
「だが、どうやって門を抜けるのだ。通行手形がいるだろう。王子たちは、迎えの馬車で我が国に来ているのだぞ」
イルマ王子たちがいなくなったのがわかった途端に、四方の門に早馬が飛ばされ、検問が強化されていた。商人たちは、馬車の荷を全部解かれ一つ一つ確認させられている。混雑はしたが、騎士たちが睨みを効かせ、人ひとり逃すはずもない態勢だった。
「王子! 西の門の近くの宿屋にイルマ殿下たちと似た者たちが逗留したとの知らせが入りました!!」
「その者たちはどうした!」
「通行手形を出し、西門から出たそうにございます」
「手形があるなら違うのでは」
「商人の息子と従者、用心棒という組み合わせだそうです」
「組み合わせとしてはあり得るが⋯⋯」
騎士たちが考えあぐねているところに、続けて伝令が言った。
「全く関係ないかもしれませんが、その商人が門を出た時の会話を衛兵が耳にしておりますが⋯⋯」
「申してみよ」
「商人が『やった。これで自由だ』と叫び、従者がなだめたと」
部屋の中が静まり返る。
地を這うような声がした。
「⋯⋯西門だな。私が行こう」
シェンバー王子の言葉に、誰も異を唱えなかった。
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