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Ⅱ.フィスタ
第4話 宰相の息子と恋の試練②
しおりを挟む「イルマ殿下!」
「サフィー⋯⋯ド」
廊下を騎士が走ってくる。いけないいけない、ついつい愛称で呼びたくなる。
「ここにおいででしたか。⋯⋯寒くはありませんか? そのような薄着で」
「いや、大丈夫だよ。もうすっかり風邪も治ったし」
そう答えているのに、騎士は手にしていた外衣を肩にかける。
胸元をひもで結んで羽織るだけの短いものだが、毛織物なのでふわりと温かい。
「あった⋯⋯かい」
サフィードは、満足そうににっこり笑った。
「ありがとう」
国に帰ってから、周りには過保護な人ばかりのような気がする。
⋯⋯子どもじゃないと言っているのに。
そして、そんなことを呟いているのが甘かったと痛感した。
ぼくは再び、王の間に呼ばれたのだ。
「第4王子。イルマ・ラスシュタ」
「はい、陛下」
前回同様、王の間には宰相や大臣たちまでが勢揃いしていた。
「此度の輿入れ、大儀であった」
「いえ、力及ばず、陛下にはご心痛とご心配をおかけしましたこと、誠に遺憾でございます」
「スターディアからは謝罪と多額の見舞金が贈られてきた」
ん?見舞金??
ぼくは頭を下げながら、ちらりと財務大臣を見た。
神妙な顔をしているが、髭が小刻みに震えている。あれは財務大臣の癖で喜びの表情だ。かなり国庫に入ったな。
「そこで⋯⋯だ。先方からは、シェンバー王子との婚姻を」
次の言葉に、ぼくは耳を疑った。
「なんとか了承してほしいと言ってきている」
「はあ?」
思わず非難の声が漏れた。
王の間に動揺の声が広がる。
サフィードの報告に加えて、ぼくからもスターディアでの話は伝えている。
大臣たちも破談を承知で、国庫に多額の金を迎えたはずだ。
「スターディアの国王は、自国の王子の至らなさを嘆いておられる。⋯⋯可愛い我が子の将来を憂える気持ちがわからないでもない」
なぜ、国同士の話から我が子への愛情の話になった?
憂えるのは、むしろ自分の息子の将来だろう。
「こちらも、旧友の頼みを無下にするのも憚られる」
「旧友?」
「スターディアの国王とは、若かりし日に留学先で出会った時からの縁だ」
⋯⋯そうだったのか。
フィスタの王族は皆、成人前に諸国に留学する慣習がある。
父上は留学した先でスターディアの国王と親交を深めていらしたのか。
「しかし、陛下。イルマ殿下のご心痛を思うと、スターディアの地を再びお踏ませするのは酷というもの」
「フィスタに泥をかけてきたのはあちらです。それを了承しろとは!」
「静まれ、臣よ。そもそも、婚約はまだ解消されてはおらぬ」
国王の言葉に、その場は静まり返った。
「イルマ王子。人には更生の機会が与えられるべきだ。スターディアの王は、王子からお前に、心からの謝罪をさせたいと思っておられる」
宰相は、国王が手渡した一枚の親書を受け取った。周りを見回して朗々と読み上げる。
「第二王子、シェンバー・ラウ・スティオンの留学先として貴国フィスタを希望する。両国に変わらぬ親善と親愛の続かんことを」
「スターディア国王からの頼みを、余は受け入れようと思う」
ぼくは、王宮での最高権力者が、一番過保護ではない事実を思い知った。
「留学⋯⋯ですって!?」
セツが、わなわなと震えている。
「⋯⋯陛下がそう言ったんだから、仕方ないじゃん」
ぼくはセツの淹れてくれたお茶を飲みながら、ぼそぼそと呟いた。
「わ、私達が、いや、殿下がどんな目に遭ったと!」
セツが騒ぐのはわかっていた。問題はセツじゃない⋯⋯。
扉が叩かれ、セツが応対する。
現れたサフィードの顔を見て、ぼくは一難去ってまた一難という言葉を思い出した。
しかし、ここが正念場だ。
乳母は言った。
イルマ様、よろしいですか。
艱難、汝を玉にす、と申します。人は苦労を経験することによって立派な人物になるのです。
頑張るよ、ルチア。
ぼくは玉にならなくてもいいけど、流血沙汰はごめんだ。
「サフィード。こらえておくれ」
「⋯⋯」
「お前の気持ちはよくわかる。でも、国王陛下の決めたことに逆らうことは出来ない。お前の行動次第では、生家の伯爵家もただではすまないだろう。忠義に篤い武門の家は、この国の宝だ。ぼくはお前を信じているよ」
「⋯⋯イルマ様!」
跪いた騎士の体は、震えていた。
サフィードは、忠節を骨の髄まで叩き込まれて育っている。どんなに怒りを覚えても、主の意に従うことをぼくは知っている。
シェンバー王子がこの国にいる間、騒ぎが起こらないように気を配らなければ。
「サフィー、顔をあげて。ごめん、苦労をかけるね」
ぼくがしんみり言うと、騎士の瞳は穏やかな色を取り戻していた。
「私こそ。イルマ殿下にご心配をおかけして申し訳ありません。この身の不甲斐なさに忸怩たる思いです」
「サフィード。お前ほど素晴らしい騎士を、ぼくは知らない」
サフィードは、頬を一瞬赤く染めた。一礼して、部屋を去っていく。
椅子に座り込んだぼくに、セツが言った。
「イルマ様、お茶をお持ちしますね」
流石に気の毒だ、と言いたげなセツと目が合う。
新たに淹れられたお茶は、とても美味しかった。
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