18 / 202
Ⅱ.フィスタ
第4話 宰相の息子と恋の試練②
しおりを挟む「イルマ殿下!」
「サフィー⋯⋯ド」
廊下を騎士が走ってくる。いけないいけない、ついつい愛称で呼びたくなる。
「ここにおいででしたか。⋯⋯寒くはありませんか? そのような薄着で」
「いや、大丈夫だよ。もうすっかり風邪も治ったし」
そう答えているのに、騎士は手にしていた外衣を肩にかける。
胸元をひもで結んで羽織るだけの短いものだが、毛織物なのでふわりと温かい。
「あった⋯⋯かい」
サフィードは、満足そうににっこり笑った。
「ありがとう」
国に帰ってから、周りには過保護な人ばかりのような気がする。
⋯⋯子どもじゃないと言っているのに。
そして、そんなことを呟いているのが甘かったと痛感した。
ぼくは再び、王の間に呼ばれたのだ。
「第4王子。イルマ・ラスシュタ」
「はい、陛下」
前回同様、王の間には宰相や大臣たちまでが勢揃いしていた。
「此度の輿入れ、大儀であった」
「いえ、力及ばず、陛下にはご心痛とご心配をおかけしましたこと、誠に遺憾でございます」
「スターディアからは謝罪と多額の見舞金が贈られてきた」
ん?見舞金??
ぼくは頭を下げながら、ちらりと財務大臣を見た。
神妙な顔をしているが、髭が小刻みに震えている。あれは財務大臣の癖で喜びの表情だ。かなり国庫に入ったな。
「そこで⋯⋯だ。先方からは、シェンバー王子との婚姻を」
次の言葉に、ぼくは耳を疑った。
「なんとか了承してほしいと言ってきている」
「はあ?」
思わず非難の声が漏れた。
王の間に動揺の声が広がる。
サフィードの報告に加えて、ぼくからもスターディアでの話は伝えている。
大臣たちも破談を承知で、国庫に多額の金を迎えたはずだ。
「スターディアの国王は、自国の王子の至らなさを嘆いておられる。⋯⋯可愛い我が子の将来を憂える気持ちがわからないでもない」
なぜ、国同士の話から我が子への愛情の話になった?
憂えるのは、むしろ自分の息子の将来だろう。
「こちらも、旧友の頼みを無下にするのも憚られる」
「旧友?」
「スターディアの国王とは、若かりし日に留学先で出会った時からの縁だ」
⋯⋯そうだったのか。
フィスタの王族は皆、成人前に諸国に留学する慣習がある。
父上は留学した先でスターディアの国王と親交を深めていらしたのか。
「しかし、陛下。イルマ殿下のご心痛を思うと、スターディアの地を再びお踏ませするのは酷というもの」
「フィスタに泥をかけてきたのはあちらです。それを了承しろとは!」
「静まれ、臣よ。そもそも、婚約はまだ解消されてはおらぬ」
国王の言葉に、その場は静まり返った。
「イルマ王子。人には更生の機会が与えられるべきだ。スターディアの王は、王子からお前に、心からの謝罪をさせたいと思っておられる」
宰相は、国王が手渡した一枚の親書を受け取った。周りを見回して朗々と読み上げる。
「第二王子、シェンバー・ラウ・スティオンの留学先として貴国フィスタを希望する。両国に変わらぬ親善と親愛の続かんことを」
「スターディア国王からの頼みを、余は受け入れようと思う」
ぼくは、王宮での最高権力者が、一番過保護ではない事実を思い知った。
「留学⋯⋯ですって!?」
セツが、わなわなと震えている。
「⋯⋯陛下がそう言ったんだから、仕方ないじゃん」
ぼくはセツの淹れてくれたお茶を飲みながら、ぼそぼそと呟いた。
「わ、私達が、いや、殿下がどんな目に遭ったと!」
セツが騒ぐのはわかっていた。問題はセツじゃない⋯⋯。
扉が叩かれ、セツが応対する。
現れたサフィードの顔を見て、ぼくは一難去ってまた一難という言葉を思い出した。
しかし、ここが正念場だ。
乳母は言った。
イルマ様、よろしいですか。
艱難、汝を玉にす、と申します。人は苦労を経験することによって立派な人物になるのです。
頑張るよ、ルチア。
ぼくは玉にならなくてもいいけど、流血沙汰はごめんだ。
「サフィード。こらえておくれ」
「⋯⋯」
「お前の気持ちはよくわかる。でも、国王陛下の決めたことに逆らうことは出来ない。お前の行動次第では、生家の伯爵家もただではすまないだろう。忠義に篤い武門の家は、この国の宝だ。ぼくはお前を信じているよ」
「⋯⋯イルマ様!」
跪いた騎士の体は、震えていた。
サフィードは、忠節を骨の髄まで叩き込まれて育っている。どんなに怒りを覚えても、主の意に従うことをぼくは知っている。
シェンバー王子がこの国にいる間、騒ぎが起こらないように気を配らなければ。
「サフィー、顔をあげて。ごめん、苦労をかけるね」
ぼくがしんみり言うと、騎士の瞳は穏やかな色を取り戻していた。
「私こそ。イルマ殿下にご心配をおかけして申し訳ありません。この身の不甲斐なさに忸怩たる思いです」
「サフィード。お前ほど素晴らしい騎士を、ぼくは知らない」
サフィードは、頬を一瞬赤く染めた。一礼して、部屋を去っていく。
椅子に座り込んだぼくに、セツが言った。
「イルマ様、お茶をお持ちしますね」
流石に気の毒だ、と言いたげなセツと目が合う。
新たに淹れられたお茶は、とても美味しかった。
83
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです!
名前が * ゆるゆ になりました。
これからもどうぞよろしくお願い致します!
表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜
MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。
竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。
※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる