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Ⅱ.フィスタ
第5話 浮気者王子と歓迎の宴①
しおりを挟む雲一つない青空が広がり、陽光がきらめく。
普段は体をすくめるような冷たい空気も、春のような暖かさだった。
シェンバー王子がやってくる。
王子を迎える当日。
王宮には儀仗兵たちが立ち並び、門は大きく開け放たれていた。
真紅の絨毯が宮殿の入り口に敷かれ、貴族たちが出迎える。
着飾ったその姿は、庭園の花よりも鮮やかだ。
「イルマ殿下。婚約者は、先んじて王子をお迎えせねばなりません」
シェンバー王子が歓迎の広間に入場した時、真っ先に王子の前に進み出て、その手を取る。
そして、共に国王と王妃の前に進むように。
式典の説明を聞きながら、どこか意識が遠くなる。
ぼくがスターディアに着いた時、あいつはベッドの中にいたはずだ。
何でこちらは、正装を身につけて、何時間も前から準備に励まねばならないのか。
そもそも、逃げられた婚約者の国に留学する王族なんて、今までいたんだろうか⋯⋯。
いや、そんなことを言っても始まらない。
やれば、終わる。
式典さえ終われば、そうそう顔を合わせずに済むかもしれないのだ。
礼服をぴしりと身に着けた男がやって来て、一礼した。銀髪に翡翠色の瞳が輝く。
「ユーディト」
「本日は、わたくしが殿下の補佐をさせていただきます。何かありましたら、すぐにお申しつけください」
「ありがとう」
ユーディトが側にいてくれるのは嬉しい。
微笑んで返せば、ユーディトは眩しそうにぼくを見た。
「⋯⋯殿下」
「ん?」
「今日の殿下は⋯⋯大層お美しいです」
「え、ええっ?」
端正な顔をほんのりと赤く染める友人にうろたえた。
王族たちが通常賓客を迎える礼装とは違って、ぼくは一人、白と金の衣装を身につけていた。
立襟で膝までの丈の長い上着に、ゆったりしたズボン。襟と袖、裾には王家の紋と女神の意匠が精密に描かれている。頭からは透け地に金糸と銀糸で刺繍された裾までの長いヴェール。まるで結婚式の衣装のようだ。
「ああ、珍しくこんな格好をしてるからかな。着慣れてないからどうかと思ったんだけど」
「とてもお似合いです。女神の輝きを戴いたように清廉で、殿下の気高さをそのまま映しだしたかのようです」
「ユ、ユーディト⋯⋯」
聞いたこともないような言葉の数々に面食らう。
どうしたんだろう、ユーディト。ぼくが動揺して見つめれば、翡翠色の瞳が熱く見つめ返してくる。
「そろそろ御席に参りましょう」
国王と王妃の席の隣は王太子と決まっている。その席は、今日はシェンバー王子の為に用意されていた。ぼくは王家の中では末席なのに、今日だけはシェンバー王子の隣で、上座に席が設けられている。
これじゃあ、ますます結婚式みたいじゃないか。
ヴェールを被っているのをいいことに、ぼくは眉を顰めて席に着いた。
ふと、視線を感じて顔を上げると、兄たちが立っている。
豪奢な衣装を身につけた二人は、普段よりもずっと華やかだった。
「イルマ⋯⋯」
「まさか、お前のこんな姿が見られるなんて」
長兄のアレイドと次兄のヨノルが、潤んだ眼でこちらを見ていた。
「兄上⋯⋯」
「お前が節操無しの王子の元に嫁ぐと聞いた時、さんざん反対したんだが、大臣たちは聞き入れてくれなくてな」
口惜しそうに呟くヨノル兄上の目元に涙が浮かぶ。
「私は、両国の絆がより深まると言われれば強く反対することもできなかった。ふがいない兄を許しておくれ」
アレイド兄上の顔は苦渋に歪んでいる。
まさに、嫁ぐ者を惜しむ会話のようだが、間違ってはいけない。これは留学してくる王子を迎えるだけの式典だ。ぼくは今日、結婚するわけじゃないんだ。
「兄さまたち、いい加減になさってくださいな。イルマが困っているじゃありませんか」
兄たちの間に割って入ってきたのは、姉のサリアだ。法務大臣に嫁いでいて、普段はなかなか会う機会がない。
「サリア姉上、お久しぶりです」
「顔を見せてちょうだい、可愛いイルマ。貴方に相応しい男かどうか、姉さまがしっかり見定めますからね。気を楽にしておいでなさい」
⋯⋯全然、楽じゃないよ。それに、見定めてもらわなくても、もうとっくに会ってるし。
姉のサリアの決意に満ちた瞳を見ていたら、何も言えなくなる。
兄や姉が目の前で騒ぎ立てているうちに、刻限になった。
「スターディア第二王子のご入場にございます」
大広間は静まり返った。
扉が開かれ、シェンバー王子が現れた。
⋯⋯まるで光が形を作ったかのようだった。
スターディアの騎士の礼装に身を包んだ姿に、誰もが目を奪われた。豪奢な服に身を固めるよりもずっと、王子は美しかった。黒を基調にし金で縁どられた服は、王子の鍛えられた体をより精悍に見せている。
流れる黄金の髪は背で一つに結ばれ、凛々しい眉の下で瑠璃色の瞳が輝く。白皙の美貌は、確かに女神の恩寵だとしか思えなかった。
人々の間から、羨望とも嫉妬ともつかぬため息が漏れた。
「なんて、お美しいのでしょう」
「女神に愛されたとは、よく言ったものだ」
「噂には聞いておりましたが⋯⋯男性とは思えませんわ」
「いや、あのお体は普段から鍛えておられるとしか」
⋯⋯この雰囲気の中、進み出て手を取るのか。
うんざりしながら、広間を王子に向かって進む。ヴェールで顔を覆われていて良かった。なんとか笑顔を作らなければ。
入り口に立つ王子がぼくに向かって歩いてくる。
国境の橋で別れて以来だ。
ぼくは何となく、左手を握った。あの時割れた爪の痛みが、かすかに疼く気がした。
大広間の真ん中でぼくたちは向き合った。
ぼくが手を差し出すより前に。
シェンバー王子が、ぼくの前で跪いた。
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