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Ⅱ.フィスタ
第6話 浮気者王子と歓迎の宴②
しおりを挟む「フィスタの至宝、イルマ殿下」
いつか見た、流れるように美しい礼。
人々の目と耳は、全て彼に集中していた。
「数々の御無礼をどうぞお許しください」
そう言って、ヴェールの裾を持って恭しく口づける。
「殿下のご慈悲により、此度のフィスタ留学が許されたと聞き及んでおります。幾久しく我が身にそのお心をいただけますことを」
広間の空気が、動く。動揺と、興味と、好奇。
⋯⋯そう来たか。
ぼくは笑顔で言った。
「スターディアより、ようこそお越しくださいました。フィスタ王家の一人として、王子のご滞在を歓迎申し上げます」
シェンバー王子は、差し出したぼくの手を取った。
広間には歓声の声が上がり、ぼくたちは共に玉座の前まで歩く。
「スターディア王が第二子、シェンバー・ラウ・スティオンにございます」
「よくぞ参られた。シェンバー王子が滞在なされる間、ここは王子の国である。良く学び、良き時間を過ごされるように。フィスタは王子を歓迎する」
国王の挨拶と共に、歓迎の宴が始まった。
シェンバー王子に挨拶したい者たちは山ほどいるのだろう。
王子が立ち上がったのを見て、人々が騒めいた。この後は夜中まで宴会だ。
ぼくはこっそり抜け出せそうかどうか、真剣に考えていた。
「イルマ殿下」
「へ?」
輝く美貌が目の前にあった。
「踊ってはいただけませんか?」
「なにを?」
「もちろん、ダンスを」
にっこり笑うシェンバー王子に、あちこちからため息が漏れる。
「⋯⋯残念ながら、あまり上手くはないですよ」
「大丈夫です。どうぞ、貴方の手を取ることをお許しください」
ぼくは王子に手を取られて、前に進んだ。音楽が変わる。
王子はダンスが上手かった。
⋯⋯ものすごく、上手かった。
手首の動きの細部までが優雅だった。
鍛えられて少しもぶれない体には、安心して身を預けることが出来る。
洗練された動きに、ただただ感心するしかなかった。
ぼくとダンスを2曲終えた後。
大広間には万雷の拍手が鳴り響いた。
王子と踊りたいとたくさんの令嬢たちが詰めかけた。しかし、王子は言った。
「イルマ殿下としか踊るつもりはありませんので」
シェンバー王子は人々と談笑しながらも、ぼくの隣から離れようとしない。
周囲の目が温かくなっている気がする。
ぼくは、ろくに飲めない酒をちびちびと口にした。
「イルマ殿下」
「ユーディト」
ユーディトがさり気無く水を手渡してくれる。
穏やかな瞳には緊張があった。
「よろしければ、私と一曲踊っていただけませんか」
「ぼくでいいの? 王立学校でも、ダンスはぎりぎり及第点だったのに」
「その王立学校で、殿下のお相手をずっと務めていたのは誰ですか?」
ぼくたちは、顔を見合わせて笑ってしまった。
ダンスの試験で、ユーディトはいつもぼくを相手に選んでくれた。
誰よりも美しく正確に踊る彼は、相手を選び放題だったのに。
ぼくとユーディトが広間の中央に進むと、曲が変わった。
「ああこれ、懐かしい」
「殿下と特訓しましたね」
進級試験の課題曲がどうしてもうまく踊れなくて、舞踏室を借りて必死で練習した。ユーディトに申し訳なくて、一人で練習するからいいと言ったのに。ダンスは二人でやるものだからとずっと付き合ってくれたのだ。
「ユーディトはいつも優しかった」
「殿下は、いつも一生懸命でいらっしゃいました」
「今日もぼくを導いてもらえますか?」
「殿下の御心のままに」
散々練習したから、このダンスだけはちゃんと踊れる。ぼくは踊っている最中、ずっと笑顔のままだった。ユーディトのダンスは間違いなく、フィスタで最高と呼ばれるものだった。
鳴り響く拍手の中、席に着こうとした時だ。
立ち上がったシェンバー王子が、ユーディトに向かって言った。
「見事だった、名は?」
「ユーディト・フェリオスと申します。フィスタ宰相アディ―ロが一子にございます」
シェンバー王子が次に言った言葉は、とんでもないものだった。
「宰相殿の⋯⋯。ところで、婚約者がいる者をダンスに誘うのは決闘と同じこと。其方は、イルマ殿下に懸想しているのか?」
冷ややかな瞳を向けられたユーディトは、目をみはった。
瑠璃色の瞳と翡翠色の瞳が真直ぐにぶつかる。
「ちょ、ちょっと待って。この国では、ダンスにそんな意味はないよ⋯⋯」
何を言い出すんだ、この王子は!
「では、イルマ殿下。彼は、私と貴方の仲を阻むわけではないと?」
ぼくの腰を抱くようにして、王子が体を近づけてくる。
⋯⋯仲って何だ。そもそも、王子との間に阻まれるようなことは何もないわ!!
ぼくは、思いきり頷いた。なぜかその様子を見て、ユーディトは泣きそうな顔になっている。
「これは失礼した。フィスタとスターディアではいささか作法が違うようだ。非礼を許してほしい、ユーディト殿」
「⋯⋯こちらこそ、シェンバー殿下の御心を騒がせましたこと、至らぬ限りにございます」
ユーディトが深々と頭を下げた。
「私としたことが、浅ましい真似を致しました。貴方と美しいダンスを踊る者が私以外にいると思った途端に⋯⋯。至らぬのは私の方だったようです。イルマ殿下、どうぞお許しを」
ぼくの手を取って、姫君にするように謝罪の口づけをする。
その様子に、ほうっと、あちこちからため息が漏れた。
──いったい、どんな茶番なんだ。
ぼくは、手元にあった酒を一気にあおった。
☆★☆
「見事としか言いようがなかったですね! シェンバー王子!!」
宰相の屋敷では、恋愛師匠が興奮して手を叩いていた。
「いやあ、今日の歓迎会に参加できて本当に良かった!」
宴が終わり、ユーディトとシヴィルは屋敷に戻ってきた。
領地が遠いシヴィルは、一泊してから自領に戻る予定になっている。
──美しいイルマの姿を見て、ダンスを共に踊った。今日は間違いなく佳き日だった⋯⋯。
黄金の髪の美しい男が浮かぶ。しかし、ユーディトの心を重くしたのは彼ではなかった。
可憐な容姿の従兄弟が、眉を吊り上げて叫ぶ。
「ちょっと! 大丈夫ですか?ユーディト様。まだ勝負はこれからですよ! 全く殿下に脈がなくたって、あきらめちゃだめ!!」
「全く脈が⋯⋯」
「そうですよ、これから!」
シヴィルの慰めが、疲れきったユーディトの耳に遠く響いていた⋯⋯。
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