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Ⅲ.祝福の子
第7話 変化①
しおりを挟むサフィードと二人で湖畔屋敷に帰ると、庭に屋敷中の人々が集まってきた。
桶の中で跳ねる魚に歓声が上がる。
「イルマ様、どこに行かれたのかと思いました。釣りなんてなさったこと、あったんですか?」
セツが、こわごわと桶の中を覗き込んでいる。
「ないよ。今日が初めて。前に湖に行った時に、釣りをしている子どもたちに出会ったんだ。じっと眺めていたら、今度釣り方を教えてくれるって約束したんだよ」
「イルマ、驚いたよ。こんなにたくさんの魚をありがとう」
使用人に話を聞いたユーディトが、屋敷の中から走ってきた。笑顔で言われて、何だかくすぐったい気持ちになる。
「たくさん釣ったのは、子どもたちとサフィードだよ。ぼくは一匹釣り上げるのさえ必死だった。こんなにもらって、子どもたちに気を遣わせちゃった」
ね、とサフィードを見れば、騎士は微笑んで頷く。
シェンバー王子の侍従のレイが、魚が跳ねる飛沫に小さく悲鳴を上げている。
いつの間にか王子が傍らに立っていた。
「湖では、いつも、こんなにたくさんの魚がとれるのですか?」
「いや、今日は豊漁だったようです」
「すごいな。⋯⋯包み焼きが食べたい」
シェンバー王子が、ぽつりと呟く。
「包み焼き? それは、どんなものですか?」
ユーディトが、興味深気に王子に尋ねる。
「粉と卵を合わせて練った生地に魚を包んで焼き上げた料理だ。そういえば、フィスタでは見たことがないな。昔、よく食べたものだ」
フィスタでは、魚は塩を振り、香草と共に焼くことが多い。王子の話す料理は食べたことがなかった。
料理人が、すぐに王子の元に呼ばれた。恰幅の良い体を縮こまらせて平伏すると、王子は顔を上げるように促した。実際に料理していたかのような丁寧な説明に、不思議な気持ちがする。スターディアの王子も料理をすることがあるのだろうか?
「イルマが湖に行ったなら、俺も一緒に行きたかったな」
「ユーディトも釣りが好きだったの?」
「⋯⋯いや、そういうことではなくて」
「ああ、そうか! 魚がたくさん釣れるところが見たかったんだね!!」
「そう⋯⋯だな、見たかった。イルマと、一緒に⋯⋯」
「ごめん。今度は一緒に行こう」
慌てて謝ると、ユーディトは穏やかに微笑んだ。傍らにいたシヴィルは、なぜかそっと目尻を拭っている。
ぼくたちの釣った魚は、料理人によって見事に夕食の逸品に仕上がった。
特に王子の注文した『包み焼き』は、食べた者皆を唸らせるほどの出来栄えだった。焼きあがった周りはサクサクと香ばしく、噛めば魚の旨味が溢れ出てくる。王子は料理人を呼んで労い、料理人は感激の涙を浮かべていた。
⋯⋯後に、この魚料理は発奮した料理人の手によって湖畔屋敷の名物となった。さらには、湖上祭には必ず王族の夕餉に上がることとなる。
「王子、先ほどの魚料理はとても美味しかったです。あれはスターディアの料理なんですか?」
食後のお茶を飲みながら、くつろいでいる王子に話しかける。
「あれは、私の乳母が得意にしていた料理です」
「乳母?」
「ええ。生まれ故郷の料理だと言って、せがむたびに作ってくれた」
王子は懐かしい日々を思い浮かべているのだろう。瑠璃色の瞳が温かな光を帯びている。ぼくは、ルチアを思いながら言った。
「優しい方だったのですね。王子の乳母殿もお元気でおいでですか」
「残念ながら、亡くなりました。ずいぶん前に」
⋯⋯悪いことを言ってしまった。
ぼくの表情を目にした王子が、慰めるように言う。
「お気になさらず。今日は、おかげで懐かしい料理を堪能しました。殿下が魚を釣ってきてくださったおかげです。ありがとうございます」
ぼくが目を丸くしているのに気付いた王子が、不思議そうに尋ねてくる。
「どうかなさいましたか?」
「⋯⋯御礼を言われたので、驚いてしまって」
「御礼?」
「ありがとう、って」
王子に出会ってから礼を言われたのは、はじめてだと思う。
ぼくの言葉に、今度は王子が目を丸くする番だった。長いまつ毛を瞬かせて王子は呟いた。
「ああ、全く⋯⋯。調子が狂いますね」
白皙の美貌に影が差して、自嘲するような呟きが漏れた。
「こんなはずではなかったのに」
それきり、王子は黙り込んだ。
こんなはずではなかった。確かにそう言った。
では、どんなはずだったんだ?
⋯⋯いくら考えても、答えが出るはずもなかった。
湖畔で開かれる収穫祭の前日。
「イルマ様、どの仮面がよろしいですか?」
シヴィルに呼ばれて部屋に入れば、テーブルの上にはたくさんの仮面が並んでいた。
目元だけを覆うもの、顔全体を覆うもの。柔らかな絹布でできたものもあれば、精巧に型をとって作り上げたものもあった。
「たくさんある! どれを付けてもいいの?」
「お好きな物をお召しください。衣装も色々、用意させていただきました」
衣装棚には、金糸や銀糸を使った豪華なものから、吟遊詩人や道化師の服装まであった。衣装に合わせて、帽子や靴も用意されている。
「当日は無礼講ですので、老若男女、誰もが好きな恰好を致します。殿下がお望みでしたら、こちらでも」
シヴィルが愛想のいい笑顔を浮かべる。
「ええっ! それは⋯⋯」
シヴィルが手にしていたのは、繊細な刺繍とレースをふんだんに使った女性のドレスだった。
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