【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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Ⅲ.祝福の子

第9話 女神①

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 湖畔屋敷に来て、ぼくの朝は少し変わった。

 こっそり屋敷を抜け出して湖まで下り、一人で祈りを捧げに行く。その間に、色々な人の行動を目にするようになった。

 朝一番に起きる使用人たち。村から農作物を届けに来る子ども。

 おはよう、と声を掛けながら小道を行けば、騎士と王子の姿。
 サフィードとシェンバー王子は、毎朝、お互いに離れた場所で剣の稽古や体の鍛錬に励んでいる。折角だから一緒にやればいいのに、と思うが何となく余計な事のような気がして口に出せない。
 ユーディトは、自分の部屋で本を読んでいる。窓からは姿勢よく座って頁をめくる姿が見える。
 シヴィルは⋯⋯、数日前、裏口から出て行く恋人?と口づけを交わしていた。見てはいけないものを見た。



 収穫祭の朝。

 ぼくは、庭からユーディトの部屋をのぞいた。
 開け放たれた窓から見れば、ユーディトは部屋着に上掛けを羽織って本を読んでいた。

「ユーディト、おはよう!」
「⋯⋯イルマ? なぜ、そんなところに」
 慌てたユーディトが、椅子から立ち上がって窓辺に来た。

「これから、湖に祈りを捧げに行くんだ。ユーディトも行かない?」
「⋯⋯もしや、今まで毎日行っていたのか?」
「うん、お祭りが終わったらもう帰らなきゃならないでしょう? 朝の湖は、それは綺麗なんだよ。一緒に行こう!」

 突然の誘いも、ユーディトなら、うんと言ってくれそうな気がした。
 じっと待っていると、ユーディトは笑って言った。
「そんなに期待されると⋯⋯。ちょっと待っていてくれ。すぐに着替えるから」
「うん!!」

 着替えたユーディトと並んで湖への道を歩けば、吐く息が白くなる。
「ユーディト、見て! 息を吐くと白い!!」
「⋯⋯もうじき、冬になるからな」
 ぼくが、はあ、と息を吐き出せば、ユーディトも同じように息を吐く。
「毎年、冬が近づくとこうしてる気がする」
 ぼくが言えば、ユーディトは頷いた。

「どこかの王子様は、毎年同じことをなさっておいでです」
「宰相の息子殿も、飽きずにいつもお付き合いくださいます」
 ぼくたちは、くすくす笑いながら、湖のすぐ側まで来た。

 女神の湖の朝は美しい。
 
 朝もやが漂う岸辺に日輪の輝きが差し込むと、湖面に光の波が立つ。
 感謝の祈りを捧げれば、周囲が瞬く間に温かな空気に包まれる。

「ユーディトが言っていたように、湖も周りの木々も見事だ。燃え立つような紅に黄色、常緑樹の緑。なんてきれいなんだろう」

「晩秋から初冬の季節は、『女神の刺繍』と呼ばれている。いつも白銀を召されている女神の御衣にあでやかないろどりがなされるのだと」
 ぼくは、友人の言葉に浸りながら、うっとりと眺めた。


 女神のいます湖。

 ぼくは、ひざまずいて指を組んだ。ユーディトも、隣で同じように跪く。

 女神への祈りの言葉を静かに詠唱する。
 言葉が朝の空気に混じり光の中に流れると、湖にはさざ波が立った。波はきらめきながら、湖の上で模様を作っていく。

 空気がぼくの周りで震えた。
 高く低く詠唱を続けていると、柔らかな風が全身を包んだ。

「イ、イルマ⋯⋯!」
 ユーディトの声に目を開けば、湖面の模様は、少しずつ形を成していく。
「あれは⋯⋯なんだ? 鳥!?」

 細かな波が、光を受けて一羽の大きな鳥の姿を形作っていた。

 湖上できらめく鳥は、ゆっくりと波の羽を広げ、大気の中に舞い上がる。
 湖の上を旋回するように大きく翼を動かし、はばたいている。水の翼が光を受け、こぼれる雫が空中に弾けた。

 鳥を形作る細かな水の粒が、日輪を受けて一際大きく輝く。次の瞬間には、湖に光の粒となって降り注いだ。
 後には、湖を覆うような、大きな虹がかかった。

「女神⋯⋯」

 あれは、女神の鳥。この地に祝福を授ける光。フィスタを守り続ける力。
 ぼくは、心地よい風の中で女神への礼を述べた。確かに、大気の中に微笑む女神の気配を感じた。

「⋯⋯イルマ!!」
「ユーディト」

 ユーディトが、突然、ぼくの腕を掴んだ。その力は痛いほどなのに、実感がない。どこかふわふわとしか捉えられない。まるで酒に酔った時のように。

「どうしたの? ユーディト」

 ユーディトの目は、今まで見たことがないくらい真剣だった。

「イルマ。俺は、お前が好きだ。他の誰でもない、たった一人。お前だけが、ずっと好きなんだ」

 そう言って、ぼくを厚い胸の中に抱きしめた。

「ユーディトは、ぼくが好きなの?」
「そうだ、イルマ。ずっと、ずっと好きだった」

「⋯⋯じゃあ、好きなのは一人だけ、って前に言ってたのは、ぼくのこと?」
 ユーディトが、泣きそうな顔で頷く。

 ぼくの口はユーディトに向かって確かに言葉を紡いでいるのに、同時にはるか遠くから見つめているかのようだ。女神の光に半ば酔ったままの頭で、ユーディトの告白を聞く。目の前にいるのに、少しも実感がない。何で、こんなにちぐはぐなんだ。

「⋯⋯そんな顔、しないで」
 ぼくは、ユーディトの頬に手を伸ばした。
 優しい、優しいユーディト。大事な大事なぼくの友だち。
「ありがとう。そんなに思ってくれて⋯⋯」

 言うそばから、力が抜ける。ぼくは、ユーディトの腕の中で目を閉じた。瞼の裏には、白銀に輝く鳥が舞っている。
 ユーディトが、ぼくの体を抱きしめる。細かな震えが伝わってくる。

 ユーディト、どうしたの。大丈夫だよ、あれは女神の光。何も怖くはないんだ。

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