【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
48 / 202
Ⅳ.道行き

第6話 伝説②

しおりを挟む

「⋯⋯月の夜に道なき道を探せ」
「何だ、それは」
「古代ガッザーク語の専門家が研究している伝説の一部ですよ。王子が約束を守って湖に立てば、女神は道を示すはずだった。女神の元に帰る道を」

 ラウド王子は、考え考え、言葉を紡ぎ出す。
「もし、イルマが女神の元にいるのなら」

「いるのなら?」
「道をたどって、奪い返しに行けばよいのです」

 にっこり笑う王子の耳に、兄たちの叫び声が響いた。

「お前は何を言っているんだ!」
「伝説では、人々が王子を取り返した結果、国に災いが起きたのだろう!?」


「乗り越えればよいではありませんか」

 それまで黙って聞いていたシェンバー王子は、瞳に強い光を宿して言った。

「実りも繁栄も必要ない。ただ、王子を返してくれと女神に願い、災いが降りかかろうとも乗り越えればよい」

 唖然とする王子たちに、けろりとした顔で弟王子も言った。

「私もそう思います。それに、女神との約束を違えたことを神々はお怒りになったのでしょう? ならば、そもそも約束しなければいい。女神に『祝福の子』は、もう無しにしてくれと頼みましょうよ」

 玉座から、国王が立ち上がった。

「そんなことが⋯⋯できると思うのか、ラウド」
「やってみなければ、わかりません。ただ、旅の果てに一つの答えが見つかった時、弟が湖で消えたと聞きました。父上、私はここで諦めたくないのです」

 息子は父の瞳をまっすぐに見つめた。

「繁栄も実りも、もう十分ではありませんか。恩寵の果てにどれだけの悲しみがあるのです。たとえイルマが戻らなくても、私は女神に言いたいのです。もう『祝福の子』はいらない、と」

 ラウド王子の言葉に、誰も何も言わなかった。

「私達はもう、自分の足で歩いていくべきです」

 国王は玉座に戻り、両手を組んだ。
「⋯⋯女神への道は、どうやって見つけると言うのだ」

「湖上祭を行いましょう。時期外れかもしれませんが、今年はまだと聞きました。満月の時に女神は湖に降臨される。フィスタの伝説にもありますが、何よりもイルマがいつも言っていました。湖上祭には女神は必ずおいでになると」

「⋯⋯湖に道がかかるかもしれないのか」

 森の湖の女神が、愛する王子を送り出した道が。

「道がかかるかどうかは、賭けのようなもの。そして、道がかかったとしても、渡れるのかどうかもわかりません。それでも神ならぬ我等は、わずかな可能性に賭けるしかないと思うのです」



 王の間を辞したシェンバー王子は、自室に戻る廊下を歩いていた。
 シェンバー王子の脳裏に、懐かしい記憶が浮かぶ。

「女神様は、とても優しい方。そして、寂しい方なのだそうです」
 幼い頃、乳母は言った。

 器用に粉と卵と水を混ぜて折り重ねながら、まるでおとぎ話を語るように。乳母の隣で、ねだった料理が出来る様をわくわくしながら眺めていた。

「なぜ、めがみさまは、さびしいの?」
「誰も一緒にいらっしゃらないからだそうですよ。深く美しい湖にお住まいでも、どなたもお側にいないから」

「めがみさまは、ひとりなの?」
「ええ。だからね、地上の気に入った方を、時々お側に呼んでしまうのですって」

 乳母は、伸ばした生地の上に魚を置き、さらにもう一枚、生地を重ねる。重ねた生地の端をねじるようにして形を整えていく。
 いつもは流れるような動作に見惚れるのに、それどころではない。初めて聞くその話が、ひどく恐ろしかった。

「⋯⋯こわい」
「フィスタに伝わる昔話です。私の母が、一度だけ話してくれました。女神に愛された子が生まれると、国は栄える。ただ、いつのまにか女神の元に行ってしまうと。大丈夫ですよ、シェンバー様。ただのお話ですもの」

 乳母の母は、フィスタの貴族の出身だった。
 あの話は、祝福の子のことだったのか。

 収穫祭から一年がたつ。イルマ王子が消えた湖。

 ⋯⋯ひらりひらりと、掴めそうなのに、いつの間にかすり抜けていく人。
 今度こそ、あなたをつかまえることが出来るだろうか。


「湖上祭」

 その言葉が毎日のように王宮の人々の口にのぼるようになるまで、日にちはかからなかった。
 元々宮中行事の一つなので、官僚たちは粛々と準備に励んでいた。イルマ王子の不在が影を落としたまま延び延びになっていたのだ。
 ラウド王子の進言で人々は動き出す。

 宰相アディ―ロは、湖畔屋敷での準備を含め、ユーディトとシヴィルに当地に一足先に行くよう促した。
「その調子では、気を紛らすために無理を押して働き、揃って倒れるのが目に見えている」
 まるでお見通しだと言うような発言に、二人は顔を見合わせ、深々と頭を下げた。
 
「ユーディト様、一年ぶりですね」
「私は半年ぶりだ」
 それぞれに、湖に思いを馳せる。


 ユーディトは、春に湖畔屋敷を訪れていた。
 遅い春が訪れようとしていた女神の湖は、穏やかな佇まいだった。雪解け水の流れ込む湖に入ることは出来ず、湖畔からいくら叫んでも、返事はなかった。

 黒髪の騎士は、静かに側にいてくれた。
 宰相の息子と騎士は、ただ黙って青い湖を見つめ続けた。








  ゆらゆらゆら。

  たくさんの泡が登る。

  きらきらきら。

  光がはるかな上ではじける。

  たくさんの声があるようにも。

  なにもないようにも思える。

  ただあたたかく、まどろむように。

  やわらかな手のなかに、囚われている。

  水の上を見ようとすれば。

  やわらかな手がそっと、目をふさぐ。

  あの光の上に、なにがあったのか。

  すこしずつ、すこしずつ忘れてゆく。

  だいじなものがあったはずだと。

  この胸が、たしかに、痛むのに。

しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです! 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜

MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。 竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。 ※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...