【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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Ⅳ.道行き

第11話 瞳①

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「国へ帰る?」

 唐突な言葉を聞いたのは、城に戻って少し経った時だった。

 セツの様子が何となくおかしい。
 そんなことを思うぼくも、一年ぶりの日常生活にまだ戻りきれてはいなかった。

「帰るって、誰が?」
「シェンバー王子とレイです。スターディアに帰ると」

 セツの言葉にびっくりして、思わず手にしたお茶をこぼしそうになった。

「それは、ぼくがいない間に決まってたの?」
「違います。そんな話は出ていませんでした。イルマ様がいらっしゃらない間、シェンバー王子はイルマ様は病気療養中だと、スターディアに報告されていたようです。ご病気が長引くようなら留学を考え直すよう言われてもお聞きにならず、滅多にお帰りにもなりませんでした」

 ぼくがいなかった一年の間、シェンバー王子は、たくさんの仕事を請け負ってくれていた。

「孤児院にも、毎週訪れてくださっていたんですよ。王子がお声がけくださらなかったら、私も⋯⋯今頃は、実家に戻っていたかもしれません」

 あれから一年経ったとは思えないほど、ぼくの部屋はいつも通りだった。聞けば、セツが毎朝部屋の空気を入れ替え、季節によってしつらいを変えてくれていたと言う。
 そして、そんなセツを支えてくれたのは、スターディアの二人。シェンバー王子と侍従のレイだったのだ。



 ぼくが城に戻って真っ先にしたのは、穀物の栽培を行っていた温室に行くことだった。
 一年もの間放っておかれた穀物たちは、研究はどうなったのか。あれは国の事業ではない。ぼくが密かに捻出した資金で行っていたのだ。協力してくれた者たちは、どうしているのだろう。

「殿下!!」

 久々に訪れた温室の中では、たくさんの容器に小さな芽が出ていた。
 温室のあちこちから、人が集まってくる。どの顔も以前のままだ。ぼくは、ほっと胸をなでおろした。

「みんな。⋯⋯良かった。研究を続けてくれていたんだね。これは?」
「ご覧ください! 成功したのです!! 今、発芽しているのは、昨年収穫できた実の一部を種として撒いたものです。こちらにあるのが初めて収穫したもの。ずっとずっと、殿下にお渡ししたいと思っていました」

 愛おしむようにそっと手渡された実は、両手よりも少し多いぐらいの量でしかなかった。でも、それは何年もかけて、ようやく収穫に成功したものだ。
 養分の少ない寒冷な土地でも育つ穀物。ぼくは、たとえ女神の恩寵がフィスタから失われても、人々が飢えずにすむものが欲しかった。

「穫れた実から順調に発芽するかを試しています。これが成功すれば、先々に北の地の糧となるかもしれません」
「ありがとう。諦めないで続けてくれて」

「シェンバー王子が、応援してくださいました。研究は止めるな、イルマ殿下は必ずお戻りになるから、待っていろと。⋯⋯殿下、よかった。お戻りになった殿下にお見せすることが出来て、本当に⋯⋯! 良かった」

 実りを渡してくれた者の肩が震えた。あちこちから、すすり泣く声が聞こえる。

 胸が熱くなった。一度止めてしまったら、この手の中の実りはなかったのだ。
 間違いなく、応援してくれた王子のおかげだった。

 ぼくは、温室を出てシェンバー王子を探した。



 王子の部屋は、王宮の貴賓室の一つだ。
 部屋の前に立つと、ちょうど中からレイが出てくるところだった。

「イルマ殿下」
「レイ、シェンバー王子に取り次いでほしいんだ」
 レイが目を伏せる。

「申し訳ありませんが、お会いすることは出来ません」
「⋯⋯どうして?」
「御存知かもしれませんが、シェンバー殿下は帰国の準備をなさっておいでです。イルマ殿下には改めてご挨拶に伺うと仰っておられます」

「なんで⋯⋯突然、帰国するなんて」
「私の口から申し上げることは出来ません。王子のご挨拶をお待ちいただければと思います」

 レイは、深々と頭を下げた。
 黙り込むレイにそれ以上何も言えずに、自分の部屋に戻った。


 城に戻ってからというもの、朝の祈りにも朝食にも、シェンバー王子は姿を見せない。
 ぼくがいない間は、どうしていたのだろう。

「一年前にイルマ様がいらした時と、何もお変わりありませんでした。お目覚めになって女神の間で祈りを捧げられ、その後は朝食を召し上がっておいででした」

 セツの言葉に、ますますわからなくなる。
 ⋯⋯じゃあ、どうして?

 はっと、気づいたことがあった。

 ──ぼくが、避けられているんだろうか。





 翌日、王の間に呼ばれた。

 いつも同席する宰相もおらず、国王のみがぼくを迎える。

「イルマ」
「はい、陛下」

 国王は、穏やかな顔でぼくを見た。王の顔が、父親の顔に変わる。

「シェンバー王子が、スターディアへの帰国を願い出ている」
「⋯⋯セツから聞きました」
「王子には、我らは返しきれないほどの恩がある。お前が戻ってきたのは、王子の力添えがあってこそ。いなかった一年の間にも、たくさんの助力を得た。留学というよりもむしろ、フィスタで仕事をさせてばかりだった」
「陛下⋯⋯」

「お前は、王子が嫌だったか?」
 国王はぼくに背を向けていた。

「いやも何も⋯⋯」

 元々、ろくな思い出がない。

 スターディアでの出会いがよみがえる。
 ベッドの中に、王子は裸で女と共にいた。最初の言葉はたしか「だれ、お前?」だ。最悪だった。
 その上、逃げだしたら追いかけられて。
 国境の橋の上では、本気で殺されるかと恐怖を感じた。

  
「私と、スターディアの国王は旧友だと言っただろう。私たちは、それぞれに国を継いだ後も、お互いのことを気にかけていた。
 スターディアから、シェンバー王子との結婚話が出た時には驚いた。考えたくはなかったが、お前はいつかいなくなる。そんな思いが常にあった。
 我が王家に伝わる秘密を打ち明けていいものかと考えあぐねているところに、先方から親書が届いた」
「スターディアの国王陛下から、ですか?」

 父王は微笑みながら頷いた。それは、懐かしい友人を思う顔だった。

「今まで何も願ったことがない第二王子の、初めての願いだ。どうか受け入れてはくれないか、と」

「⋯⋯はじめての、願い?」

 ぼくは呆然としながら、父王の言葉を聞いた。
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