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Ⅳ.道行き
第12話 瞳②
しおりを挟む「い、嫌ですよ! イルマ様!! なんで私がそんなことを!」
「⋯⋯このままだと、レイはスターディアに帰っちゃうんだよ。本当にセツはそれでいいの?」
慌てふためくセツに、ぼくは、自室でぐいぐいと迫った。
少々良心が痛むが仕方がない。レイが部屋の前に陣取っている状態では、シェンバー王子と話なんかできないのだ。セツには、なんとかレイを王子から引き離してもらわなくては。
「セツは、レイに何か言うことはないの?」
「ええぇ⋯⋯」
セツの顔は赤くなったり、青くなったりしている。
出しにするのは気が引けるが、セツだってこのままレイと離れるのは忍びないだろう。
「セツがレイと話す間、ぼくはシェンバー王子と話してみるから! ね!!」
無理やり言い含められたセツが、渋々シェンバー王子の部屋の前に立つ。
ぼくは少し離れて、廊下の柱の影に隠れていた。
扉を叩くと、レイはセツを見て、驚いた表情になる。
「どうなさったんです、セツ様?」
「ええっと、えっと」
──そこだ、セツ!がんばれ!!
ぼくは心の中でセツに叫んだ。挙動不審になっている場合じゃないんだ!
セツは覚悟を決めて、言った。
「レイ、ちょっとそこまで、顔を貸してほしいんだけど!!!」
「⋯⋯顔?」
レイが、わけがわからない、という表情をしている。
明らかに言葉の選択が間違っている。それでもレイは、王子に許可をもらいに行ったようだった。
セツとレイが連れ立って廊下を歩いて行くのを見て、ぼくはそっと、王子の部屋に入った。
王子は窓辺で椅子に座っていた。
窓には厚い布が下がり、昼間だというのに部屋は全体が薄暗い。
ぼくは、黙って王子に近づいた。
王子は足を組んで深く椅子に座りながら、こちらに視線を投げる。
お互いの視線が合う。
「レイ? セツとの話は済んだのか?」
胸がドクンと鳴った。
──え?
「レイ? そこにいるのは、レイじゃないのか?」
ドクドクと鼓動が激しくなる。
「⋯⋯誰だ?」
ぼくは走り寄って、王子の顔を間近で見た。
瑠璃色の瞳は、そこにはなかった。
美しい顔は少しも変わらず、瞳の色だけが、白銀の光を宿していた。
「シェンバー王子? まさか!」
「イルマ殿下!?」
腕に掴みかかって叫ぶぼくを、王子は瞳を瞬いて捉えようとした。
ぼくが、銀色の瞳の中に映っている。
シェンバー王子は両手でぼくの頬に触れた。何度も確認するように。
「シェンバー王子、目が⋯⋯! これは一体、どういうことです!?」
「殿下! どうして、ここに」
流れる黄金の髪をかき上げながら、美貌の王子は大きなため息をついた。
「さては、レイを連れ出したのは貴方の仕業ですね。あんなに、会わないようにしていたのに」
「王子、その目はどうされたのです。まさか、見えないのですか?」
ぼくは、王子の腕を強く掴んだ。
「⋯⋯残念ながら、見えません」
「いつからです! なぜ、そんなことに」
「⋯⋯聞いたら、貴方は後悔される」
「聞かないままでも、後悔はします!!」
シェンバー王子は、天を仰ぎながら右手で目を覆った。
「女神に会った時です」
──祝福の子は、もういらない。
そう言った時に、女神の光の一閃が瞳を貫いた。
それから、少しずつ、少しずつ。ものが見えなくなっていったのだと言う。
「レイが言ったのです。瞳の色が変化していると」
「そんな⋯⋯。どうして」
「女神のお怒りを買ったのでしょう。尊き御方に無礼な言葉を吐いたのです。命を取られなかっただけでも、幸せなことと思わなければ」
王子の言葉は、とても静かだった。
「⋯⋯目が見えなくなったから、国へ帰ると?」
「それだけではない。もう、潮時でしょう」
やわらかな微笑みが口許に浮かぶ。
「この国は、十分楽しかった。人生にはとうに飽いていたはずなのに、貴方を見ていると退屈を忘れました。予想外のことばかりなさるので、つい本音が出て困りましたが。貴方はたくさんの人に愛されている。そのままの貴方でいられる場所にいるのが一番いい」
「⋯⋯王子がお一人で帰られては、国で謗られるでしょうに」
「仕方ありません。フィスタまで追いかけてきたのに婚約者が戻らないとあれば、評判はさらに下がるでしょう。どうせ、元々よくもないのです。それに、貴方が生きてここにいらっしゃるなら、もう思い残すことはありません」
暗い部屋の中で、王子の金髪が淡く輝く。
「⋯⋯なぜですか」
「殿下?」
「この縁談は、何ひとつ自分から願ってきたことがない王子の、たった一つの頼みだった。そう、スターディアの国王陛下からの親書にあったそうです」
ぼくは、王子の顔を見つめた。
「なぜ、ぼくとの結婚を望まれたのです?」
白銀の瞳が、一度瞬きをする。
形のいい唇が開かれ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
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