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Ⅳ.道行き
第13話 真実①
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「フィスタの末の王子は、黄金色の瞳をしている。そう聞いたからです」
「瞳の色?」
王子は微笑んで頷いた。
まるで、ぼくの姿がはっきりと見えているかのように。
シェンバー王子に寄せられた、多くの縁談の釣り書きの中に。ぼくと同じ色の瞳の者はいなかった。
「私は、この人生全てがどうでもよかったのです。スターディアに生まれ、第二王子と呼ばれ、気がついたら剣を持たされていた。⋯⋯ご存知ですか? 二番目の王子は幼い時から少しずつ毒に慣らします。王太子の隣にあって、時には毒見役も務めるために」
「王族だけの席で毒を盛られることもある、と?」
「そうです。先代の第二王子であった私の叔父は、現王の即位前に毒で命を落としています」
女神の湖に行く前に山賊に襲われた。確かその時に、シェンバー王子は言った。
──昔から第二王子は、盾と予備の役目を担う。
「十代の時のことです。うっかり毒見で死にかけて、生死の境を彷徨いました。上も下もわからぬ暗闇で、泣いている子どもに出会ったのです。どこからか音楽が聞こえ、その子の姿だけが金色に輝いていた」
◆◇
一人の子どもが、暗闇の中で膝を抱えてうずくまっていた。
屈んで、その子に声をかけた。
『どうして、泣いているの?』
子どもは顔をあげた。ふわふわした短い髪が揺れる。まだ幼い、あどけない顔。
『めがみさまがよんでるみたいなの。ぼく、いかなくちゃならないんだって』
『女神が? どうして?』
『やくそくだから』
『⋯⋯約束? 君は、女神のところに行きたいの?』
『いきたくないよ。みんなのところにいたい。めがみさまはすきだけど、みんなのほうがもっとすき⋯⋯』
どんどん、楽の音が強くなる。
ああ、これは祭りの鳴り物の音だ。
まるで彼を迎えに来るように近づいてくる。
『いつまでも、ここにいちゃいけない』
細くて華奢な手を引くと、彼は立ち上がった。
まあるい瞳は、明るい蜂蜜の色だ。玉のような涙がぽろぽろと、ふっくらした頬を転がり落ちる。
彼の涙を指で拭った。
僕の口許を見て、彼は言った。
『くち⋯⋯』
『口?』
『ちが、出てる』
子どもが背を伸ばして近寄ってくる。
もう一度屈んで顔を近づけると、口許に小さな指が触れた。
『これ、わるいものだよ』
そう言って彼は、僕の顔を小さな両手で引き寄せる。
柔らかい感触がして、ふに、と口づけられていた。
そして、彼は両手を揃えて僕の胸に触れる。彼の瞳が黄金色にきらめくと、触れられた部分が淡く輝いた。
熱くて痛かった喉と胸が、すっと楽になっていく。
驚いていると、子どもはふうと大きく息をついた。
『これでもう、いたくないよ』
『⋯⋯ありがとう』
へにゃ、と子どもが笑顔になる。
なんだか胸がズキンと痛くなった。
彼は、僕の手をぎゅっと握った。
『みんなのところへ、かえりたい』
『⋯⋯そうだね、帰った方がいい』
『ねえ。いっしょに、かえる?』
『⋯⋯わかった。僕も帰るから、君も帰ろう』
『また、あえる?』
『ああ、また』
小さな柔らかい手を握っていたら、本当にもう一度会える気がした。
暗闇の中も、淡く金色に輝くその子といたら、怖くはない。
聞こえる音と逆に歩いて行くと、いつのまにか、隣にその子はいなかった。
自分の名を呼ぶ声が聞こえ、目覚めた時には死の淵から戻っていた。
◇◆
「生きて戻ってからは、鍛練に励みましたよ。また会うと約束したのでね」
王子は楽しそうに、ふふ、と笑った。
遠い思い出を懐かしむような、優しい口調だった。
ぼくは、記憶の中に残っていた思い出を探り当てた。
祭りの音が、辺りに響き渡る。
暗くて、不安で、怖くて。
蒼白な顔色で声をかけてきた少年。
──いつまでも、ここにいちゃいけない。
──ぼくも帰るから、きみも帰ろう。
暗闇の中でぼくの手を握り、ともに歩いてくれた人。
◆◇
──死の淵から戻っても、現実は何も変わらなかった。
立場が問題なのか。この顔が元凶なのか。
気がついたら、媚薬混じりの薬を盛られることが増えた。
次々に飽きもせずベッドに忍び込んできて、いつの間にか節操無しの王子と人々から呼ばれていた。
剣の稽古を欠かさないのは、相手を倒すためだけではない。自分の尊厳を守るためだ。
寝室にはいつだって、剣を隠し持っていた。
年を追うごとに、たくさんの縁談が舞い込んだ。結婚相手なんて誰でもいい。ただ、ずっと心にあったあの瞳を思い出した。
──我が儘が許されるなら、同じ色の瞳だというフィスタの王子にしてくれ。
自分から、父王に初めて頼みごとをした。
「瞳の色?」
王子は微笑んで頷いた。
まるで、ぼくの姿がはっきりと見えているかのように。
シェンバー王子に寄せられた、多くの縁談の釣り書きの中に。ぼくと同じ色の瞳の者はいなかった。
「私は、この人生全てがどうでもよかったのです。スターディアに生まれ、第二王子と呼ばれ、気がついたら剣を持たされていた。⋯⋯ご存知ですか? 二番目の王子は幼い時から少しずつ毒に慣らします。王太子の隣にあって、時には毒見役も務めるために」
「王族だけの席で毒を盛られることもある、と?」
「そうです。先代の第二王子であった私の叔父は、現王の即位前に毒で命を落としています」
女神の湖に行く前に山賊に襲われた。確かその時に、シェンバー王子は言った。
──昔から第二王子は、盾と予備の役目を担う。
「十代の時のことです。うっかり毒見で死にかけて、生死の境を彷徨いました。上も下もわからぬ暗闇で、泣いている子どもに出会ったのです。どこからか音楽が聞こえ、その子の姿だけが金色に輝いていた」
◆◇
一人の子どもが、暗闇の中で膝を抱えてうずくまっていた。
屈んで、その子に声をかけた。
『どうして、泣いているの?』
子どもは顔をあげた。ふわふわした短い髪が揺れる。まだ幼い、あどけない顔。
『めがみさまがよんでるみたいなの。ぼく、いかなくちゃならないんだって』
『女神が? どうして?』
『やくそくだから』
『⋯⋯約束? 君は、女神のところに行きたいの?』
『いきたくないよ。みんなのところにいたい。めがみさまはすきだけど、みんなのほうがもっとすき⋯⋯』
どんどん、楽の音が強くなる。
ああ、これは祭りの鳴り物の音だ。
まるで彼を迎えに来るように近づいてくる。
『いつまでも、ここにいちゃいけない』
細くて華奢な手を引くと、彼は立ち上がった。
まあるい瞳は、明るい蜂蜜の色だ。玉のような涙がぽろぽろと、ふっくらした頬を転がり落ちる。
彼の涙を指で拭った。
僕の口許を見て、彼は言った。
『くち⋯⋯』
『口?』
『ちが、出てる』
子どもが背を伸ばして近寄ってくる。
もう一度屈んで顔を近づけると、口許に小さな指が触れた。
『これ、わるいものだよ』
そう言って彼は、僕の顔を小さな両手で引き寄せる。
柔らかい感触がして、ふに、と口づけられていた。
そして、彼は両手を揃えて僕の胸に触れる。彼の瞳が黄金色にきらめくと、触れられた部分が淡く輝いた。
熱くて痛かった喉と胸が、すっと楽になっていく。
驚いていると、子どもはふうと大きく息をついた。
『これでもう、いたくないよ』
『⋯⋯ありがとう』
へにゃ、と子どもが笑顔になる。
なんだか胸がズキンと痛くなった。
彼は、僕の手をぎゅっと握った。
『みんなのところへ、かえりたい』
『⋯⋯そうだね、帰った方がいい』
『ねえ。いっしょに、かえる?』
『⋯⋯わかった。僕も帰るから、君も帰ろう』
『また、あえる?』
『ああ、また』
小さな柔らかい手を握っていたら、本当にもう一度会える気がした。
暗闇の中も、淡く金色に輝くその子といたら、怖くはない。
聞こえる音と逆に歩いて行くと、いつのまにか、隣にその子はいなかった。
自分の名を呼ぶ声が聞こえ、目覚めた時には死の淵から戻っていた。
◇◆
「生きて戻ってからは、鍛練に励みましたよ。また会うと約束したのでね」
王子は楽しそうに、ふふ、と笑った。
遠い思い出を懐かしむような、優しい口調だった。
ぼくは、記憶の中に残っていた思い出を探り当てた。
祭りの音が、辺りに響き渡る。
暗くて、不安で、怖くて。
蒼白な顔色で声をかけてきた少年。
──いつまでも、ここにいちゃいけない。
──ぼくも帰るから、きみも帰ろう。
暗闇の中でぼくの手を握り、ともに歩いてくれた人。
◆◇
──死の淵から戻っても、現実は何も変わらなかった。
立場が問題なのか。この顔が元凶なのか。
気がついたら、媚薬混じりの薬を盛られることが増えた。
次々に飽きもせずベッドに忍び込んできて、いつの間にか節操無しの王子と人々から呼ばれていた。
剣の稽古を欠かさないのは、相手を倒すためだけではない。自分の尊厳を守るためだ。
寝室にはいつだって、剣を隠し持っていた。
年を追うごとに、たくさんの縁談が舞い込んだ。結婚相手なんて誰でもいい。ただ、ずっと心にあったあの瞳を思い出した。
──我が儘が許されるなら、同じ色の瞳だというフィスタの王子にしてくれ。
自分から、父王に初めて頼みごとをした。
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