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第二部 眼病の泉
第6話 求婚②
しおりを挟む咄嗟に顔を腕で覆えば、体に大きな衝撃を受けた。
打ち付けられる瞬間、近くにいた誰かがぼくの体を庇った。大きな腕の中に抱き留められながら、どっと地に転がる。
「いった⋯⋯」
薄目を開ければ、サフィードが大柄な男たちを捕えている。
セツが真っ青な顔をして走ってきた。
「イルマ様! お怪我は!?」
「あ、ああ。大丈夫。庇ってもらったおかげで⋯⋯」
頭を抑えながら、庇ってくれた人を見上げる。
「ありがとうございます。もう大丈夫なので⋯⋯」
長い黒髪に精悍な顔立ち。
砂漠の空と同じ色の瞳が、はっとしたようにぼくを見た。
「⋯⋯黄金の瞳」
逞しい腕がぼくの体を正面に抱えなおした。いきなり顎をとられて、男の顔が迫る。
「ひっ!!」
男の胸の中で必死でもがいても、相手の力が強すぎる。
目の端で、守護騎士の白刃が眩しくきらめいた。
ぼくを抱えた男の黒髪の一部がはらりと宙に舞う。瞬間、押さえ込まれた力が緩む。その隙にぼくは、男の腕の中から抜け出した。
男は腰から剣を引き抜いて、サフィードへと向かってくる。
二人の打ち合う剣の音が響き、刀身が陽光に輝いた。
悲鳴が上がり、人々がその場から逃げ出した時。
「やめろ!」
辺りに大声が響き渡った。
「大変申し訳なかった」
燃えるような赤い髪をした若い男が頭を下げる。
隣には、ぼくを庇った長い黒髪の男が立っている。
二人はゆるやかな白い長衣を纏っていた。袖口と胸元に色とりどりの刺繍が入っているのは裕福な証だ。腰紐には金糸や銀糸が使われている。
必要ないと断っても、しつこく詫びをしたいと乞われた。
大きな屋敷は、この町の商人の元締めハザンの邸宅だ。
「俺はハザンの惣領息子ハートゥーン。この町には色々な国の者が出入りするから、しょっちゅう騒ぎが起きる。間に入れば、このざまだ」
黒髪の男は、さっきからじっとぼくを見つめてくる。男の視線に居心地が悪くて仕方がない。
サフィードが、ぼくのすぐ後ろで男を睨みつける。男は全く気にとめる様子もなかった。
「こいつは俺の従兄弟だ。⋯⋯おい、セリム」
セリムと呼ばれた男は、答えずにぼくを見ている。業を煮やしたハートゥーンが言った。
「お前の態度は異国の方には通じんぞ。謝らねば、そこの騎士殿が俺たちの首を刎ねかねん」
従兄弟の言葉には何の関心もなさそうに、セリムはぼくに聞いた。
「⋯⋯金の瞳を持つ太陽の子よ。其方の名は?」
ぼくはムッとして答えた。
「名乗るなら自分からだろう。それに、ぼくは太陽の子じゃない」
「黄金の瞳を持つ者が太陽の子ではないと? ⋯⋯私はセリム。クァランのザユラの民だ」
「ぼくはイルマ。フィスタから来た。あいにく砂漠の民のことはわからない」
「女神の国からとは驚いた。其方、私の妻にならないか?」
突然の求婚に、場が凍りつく。
立ち上がろうとするサフィードを横目で制した。
ぼくはセリムを睨みつけて、きっぱりと言った。
「お断りだ。ぼくはもう結婚している!」
セツとサフィードが息を呑んだ。
セリムが目を見開き、ハートゥーンの大きな笑い声が響いた。
「あっはっは! これは見事に振られたな、セリム!! 重ね重ね失礼をお詫びする。既婚者だったとは」
にやにやと従兄弟を眺めながら、商人が言う。
「砂漠の民にとって、黄金の瞳は幸運と畏怖の象徴だ。太陽の力を宿すと言われているのでな」
ところ変われば、伝説も変わるんだな。
瞳の色だけで幸運とは限らない。ぼくが一番よく知っている。
ハートゥーンが手を叩くと、次々に酒と食べ物が運ばれてきた。
「お気持ちは嬉しいが、ぼくたちは先を急いでいる。もてなしは結構。東の大神殿に行かなければならないんだ」
「メルン神殿か。ならば案内をつけよう。⋯⋯用向きを聞いても?」
商人は人懐こい笑顔を浮かべる。
「その腕の立つ騎士と、あなた方の物腰と。ただの用ではなさそうだ」
ぼくたちは顔を見合わせた。
⋯⋯ただ者ではないのは、この商人ではないのか。
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