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第二部 眼病の泉
第7話 東の大神殿①
しおりを挟む東の大神殿は、タブラの町から少し離れたところに建っていた。見通しが良いので、すぐにわかる。
周囲には何もなく、その先にはクァラン砂漠があるばかりだ。
「イルマ様。これなら案内など⋯⋯」
必要ないだろう、とセツの目が言う。ぼくも頷いた。
ぼくたちの責めるような視線を、商人は、にこにこと笑顔で受け流す。
「神殿は大事な商売先だ。挨拶もせねばならぬので、ちょうどよかった。イルマ様とも、ご縁が出来てなにより」
商人は目端の利く者が多いが、流石はタブラの商人の子だ。こうして縁もゆかりも無いところに、強引に縁を繋いでいくのだろう。
取次ぎを頼むと、大神殿長が走ってきた。
「おお、イルマ殿下ですね? ようこそおいでくださいました。⋯⋯これは、ハートゥーン。なぜここに?」
「御無沙汰しております。市場で騒ぎが起きまして、イルマ様を巻き込んでしまいました。お詫びがてら、お連れした次第です」
「なるほど。しかし、これより先は其方たちには関係なき事。引き取られよ」
きっぱりとした大神殿長の言葉にも、ハートゥーンは笑顔だ。
「先ほど少し耳にしましたが、人を探しておいでとか? 僭越ながら、私どもならば人探しには慣れておりますが」
ぼくは、思わず商人の服をぐっと掴んだ。ハートゥーンが目を丸くする。
「探せるのか!?」
「イルマ様!!」
セツが止めに入る。それでも、聞かずにはいられなかった。
「砂漠に入ったのかどうかもわからない。1カ月前にこの町に来たらしい、ということしかわからないんだ。それでも?」
ハートゥーンの瞳の奥に動くものがあった。
「詳しいお話を聞かねば、何とも言えませんが。ただ、この町で起きたことなら我等以上に知る者はおりません」
大神殿長が黙り込む。それは肯定の証だった。
「我が従兄弟、セリムは砂漠の部族を束ねるザユラの長の子。二人とも、お役に立てると思います」
商人の口許には、にっこりと三日月形の微笑が浮かんだ。
「何で、シェンバー王子たちを探すのに商人たちまで?」
「仕方ない。きっと何か、ご縁があったんだよ」
東の大神殿長も、商人たちの力を借りた方が早いと判断した。様々な国と人とに繋がりを持つタブラの商人たちの力は大きい。
サフィードとセツが、宿屋に残された馬たちと荷物を取りに行く。その間にぼくは、大神殿長との話を終えた。
神殿に滞在しながらシェンたちを探す。
相談の結果、決まったことだ。
吹き抜けの廊下から外に続く階段を下りる。
太陽が黄金から紅に変わろうとしていた。陽光が、砂漠を赤く染めていく。
──きれいだ。でも、きれいすぎて寂しい。
長い階段の途中で座る。遥か遠くに見える砂の山。
砂漠のことはよくわからないけれど、あの中に連れ去られたとしたら。
⋯⋯無事でいられるのかな。
朝と夜の気温差は激しく、生き物の姿は稀だと聞く。
「シェン⋯⋯」
名を呼べば、きりきりと胸の奥底が抉られる。
ぼくは俯いて膝を抱えた。
「イルマ王子」
階段の下からセリムが声を掛けてきた。
ぼくが黙っていると、すぐ近くまで登ってくる。
「探し人は、よほど大事と見える」
だいじ、と口にしてしまったら気持ちが溢れてくる。もう1カ月も会っていない。優しい低い声も、温かい腕も、今は遠い。
「⋯⋯無事に会えるなら、何でもするのに」
思わず呟いてしまう。
「何でも? 気軽に言うのは危険な言葉だな」
風にあおられて、白い長衣がふわりと舞う。長衣から覗くのは砂漠の民特有の褐色の肌。青い瞳には、心の奥底まで覗き込まれそうだ。
「⋯⋯気軽じゃない。本気だ」
広大な砂漠を見ていたら呑み込まれそうな気持ちになる。女神の名を呼んで、縋りつきたくなる。
「何でも、と言われるなら我が部族に参られよ。太陽の子の望みなら、砂漠の民として何としても叶えよう」
階段に跪いて、セリムが静かに言った。
何を言い出すんだ。
「冗談じゃない。ぼくは砂漠の民にはならない!!」
立ち上がって叫ぶぼくを、セリムは面白そうに見つめた。そして、ぼくの手を取って恭しく指先に口づける。
その手を思いきりはねのけた。
セリムは、声を出して笑う。
「⋯⋯全く残念だ。気が変わったら、いつでも私に命じるがいい。イルマ王子」
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