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第二部 眼病の泉
第13話 ラーナの泉①
しおりを挟む何日もかけて、砂の海を歩いた。
砂漠の様子が少しずつ変わり、大地に小さな石や岩が混じる。
「おお! ラヤンの村だ!!」
遥か前方に白く輝く岩山があった。
岩の間に木が⋯⋯、緑がある。
水の存在がこんなに尊いと思ったことはなかった。
フィスタの黒の森で迷った時でさえ、水は大地に行き渡っていたのだ。
セリムが、岩山の前に立つ見張りに村長への取次ぎを頼む。
岩を切り出した入り口は、大人なら身を屈めて入るしかない。
不意に、不思議な感覚が沸き起こった。
⋯⋯泉が、呼んでいる。
体の中から何かが少しずつ、溢れてくる。
ぼくは、いつのまにか走り出していた。
「イルマ様!!」
「太陽の子!」
誰に教えられなくてもわかる。
村の一番奥まった場所。白く輝く大岩に囲まれた中に、それはある。
鍛え上げた体を持つ男たちが、岩に囲まれた場所を守っていた。
「おい、お前! 待て!!」
次々に男たちがぼくを止めようと掴みかかってくる。男たちの間をすり抜けて、手近な岩に駆け上がった。
「あった⋯⋯」
覗き込めば、白く輝く岩と岩の間の深い窪みには、一滴も水はなかった。乾いた岩の間に、暗い穴が覗くだけ。ラーナの泉が涸れたと言う噂は本当だったのだ。
淡い幻が浮かぶ。在りし日の水を湛えた泉の姿。
ぼくは、窪みに向かって手を掲げた。
──おいで。ここに。
⋯⋯深い地の底から伸びてくる、細い細い水の流れが見える。
呼びかければ、懐かしい女神の気配がする。
ぼくを包む空気が変わり、目の前で光が弾ける。
──そう、ここに!
白い岩の間から、白銀に輝く水が噴き上がった。
「イルマ様!!」
サフィードが、驚愕に動けない人々の間を縫って走ってくる。
泉を守っていた男たちは恐れ慄き、ひたすらに地に額ずいて震えている。
ぼくは、大岩が連なった一番上に立っていた。
噴き上がる水を身体に受けて、両手を前に差し出す。
体の周りを水飛沫が取り巻き、まるで光の粒がきらきらと輝いているかのようだった。
岩に登りながら、サフィードがぼくに叫ぶ。
「イルマ様! お戻りください!!」
「サフィー。⋯⋯女神がいらっしゃる」
「イルマ様、ここはフィスタではありません。砂漠の果て、ラーナの泉です」
「うん、知ってる。泉が、もう力がないって泣いてた。だから水を呼んだ」
ぼくが手の平を上に向けると、水はまるで喜んで踊るように、高く飛沫を飛ばす。
岩の下に集まってきた人々から、大きな歓声が上がった。
「涸れたはずの泉に水が湧くなんて!」
「おお! まさか。女神よ⋯⋯」
人々は次々に泉に向かって体を伏せ、額ずいていく。
「どういうことなんだ! セリム!! 何が起こっている?」
「⋯⋯俺にわかるわけがないだろう」
セリムやハートゥーンが、人々の間からぼくたちを見つめているのが見えた。
セツだけが真っ青になって、へたへたと、その場に座り込んでいる。
「セツ殿、大丈夫か?」
ハートゥーンに抱えられ、がたがたと震えながらセツは言った。
「イ、イルマ様、だめです! 女神のお側にはもう、行かないで」
サフィードが、すぐ近くまで登ってくる。
ぼくは首を振った。
「サフィー、ぼくは女神のところにいたい」
「⋯⋯もう、お戻りください。十分お力を尽くされました」
「いやだ。もう少しここにいる」
「イルマ様⋯⋯」
「女神の許にいたら、楽しいのに⋯⋯」
辛いことも、悲しいこともない。⋯⋯会えない日々に泣くこともない。
サフィードが、ぼくの想いを汲み取ったかのように微笑んだ。
「イルマ様がおられなかったら、私の生きる場所はありませんが」
「⋯⋯サフィー」
思わず小さな呟きが漏れた。
騎士は、囁くように言った。
「ええ、お側におります。いつでも」
ぼくの周りの白銀の光が消え、噴き上がる水は止まった。
全身の力が抜けて、駆け寄った騎士の胸の中に倒れ込む。
サフィードは、ぼくを腕にしっかり抱えて、ゆっくりと岩を降りた。
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