86 / 202
第二部 眼病の泉
第14話 ラーナの泉②
しおりを挟む☆★☆
客用に用意された部屋は、岩を利用して作られていた。
砂漠の熱から守られて、ひんやりと心地よい風が吹き抜ける。
セツにサフィード、セリムにハートゥーンが、一室で顔を突き合わせていた。
イルマ王子は力を使い果たして昏々と眠り続けていた。
「イルマ王子は何なんだ! どうしてあんなことができる?」
ハートゥーンの言葉に、サフィードが口を開く。
「イルマ様は、フィスタの女神の祝福を受けている。女神は元々泉を守護しておられる」
「では、あの水は女神の思し召しか?」
「少し違うと思う。泉が泣いているから水を呼んだと仰った。だが、イルマ様は水を呼ぶなんて、今までされたことがない」
サフィードは、はっとしたように目を見開いた。
「⋯⋯シェンバー王子の為かもしれない」
「シェンバー王子の?」
「以前、シェンバー王子は女神の怒りを買って視力を失くされた。イルマ様は、それ以来ずっと、王子の目になろうと努力されている」
セリムが眉を寄せた。
「ラーナの泉が涸れているかもと言ったら、なおさら来たいと言っていたな」
「希望を失くしたくなかったのだと思います。でも、今日のお姿は、まるで以前の湖でのお姿のようでした。イルマ様⋯⋯」
セツが、大きな瞳に涙をためたかと思うと、ぼろぼろと涙をこぼす。
「ちょ! 泣かないでくださいよ、セツ殿!! 美人に泣かれると困るって! あああ」
あわてふためくハートゥーンは、必死でセツを慰めていた。
表では、興奮した人々でさながら祭りのような騒ぎだった。
「⋯⋯サフィーは、ずっと一緒に居てくれる?」
主のぽつりと呟いた言葉を思い出して、騎士はぐっと奥歯を噛む。
力尽きて眠る王子の側に跪き、力づけるようにそっと手を握った。
☆★☆
ぼくが目を覚ました時、村は大騒ぎになっていた。
村長たちは涙を流しているし、まるでぼく自身が神かのようにひれ伏して崇めようとする。
泉に向かうと、ぼくに気づいた村人たちに次々に跪かれた。
戸惑っているとセリムがやってきた。
「もう大丈夫なのか、王子」
「うん、ぐっすり寝たから平気だよ。泉の様子を見たいと思って」
岩に駆け上がると、涸れていた泉には滾々と清水が湧いていた。
触れれば女神の息吹と加護があるのがわかる。この泉ならば人々の病を癒すことができるだろう。
「よかった。ラーナの泉は大丈夫だ。これからも人々の病を治せると思う」
「イルマ王子。貴方が女神に加護を頼んでくれたのか?」
「ぼくは水を呼んだだけだ。女神はいつだって愛情深い」
女神を思えば幸せな気持ちが溢れて、自然に笑みが浮かぶ。セリムは眩しそうにぼくを見た。
「貴方と女神に、心からの感謝を」
次の日から毎日、ぼくは朝と晩に泉に祈りを捧げた。
泉の水はだんだん白銀の光を帯びて、周りの岩々も同じように輝き始める。
村人の一人が、おずおずと幼い娘を連れてきた。
「この子に、泉の水を与えてはいただけませんか」
誤って岩から落ちて片目を傷つけたために、もう片方の瞳も見えなくなってきているという。
毎日、様子を見ながら、両目に少しずつ泉の水を垂らした。
3日経った頃から様子に変化が見え、7日目には娘は父母の顔を見分けた。
「太陽の子よ。なんと御礼を申し上げたらいいか⋯⋯」
村長と、むせび泣く両親を前に、小さな子どもがぼくに抱き付いてきた。
「ありあと!」
輝く笑顔と頬をくすぐる温もりが、心に勇気と希望を灯す。
⋯⋯シェンに会えた時に、この泉の水を渡せたら。
そう思うと心が苦しくも温かくなった。
明日はタブラに戻るという夜だった。
どこか寝付かれず、真夜中に目を覚ました。
村は静まり返っている。でも、何かがおかしかった。
そっと窓から外を見れば、黒い影が幾つか動いている。
背中に冷たいものが走った。
──盗賊だろうか。どくん、どくんと胸が鳴る。
影は泉に向かっていた。
もしかして、泉の水が豊富にあると噂が広まったのかもしれない。
ぼくは、ひっそりと部屋を出た。
61
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです!
名前が * ゆるゆ になりました。
これからもどうぞよろしくお願い致します!
表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜
MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。
竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。
※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる