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第二部 眼病の泉
第27話 祝福の瞳①
しおりを挟む半月後。
ぼくたちは、タブラにいた。
東の大神殿に挨拶を終え、ようやく南の離宮に向かって旅立とうとしていた。
「クァランに来たときはどうなるかと思いましたが、これも女神のご加護の賜物です。無事にシェンバー王子たちに会えて、王子の瞳も元通りになるなんて。本当に、ここまで来た甲斐があったというものです!」
セツがしみじみと言う。
サフィードが頷いた。
二人がいてくれなかったら、とてもここまで旅をすることはできなかった。
「セツとサフィードには、感謝してもしきれないよ。⋯⋯ありがとう」
「何を仰るのですか、イルマ様。イルマ様がいらっしゃらない日々に比べたら、砂漠だって楽園のようなものです」
セツが笑った。
「⋯⋯セツ」
ぼくは、馬たちに話しかけていたサフィードを改めて見た。
「サフィード。ぼくは、本当に助けられてるんだ」
「⋯⋯イルマ様がいらっしゃることが、私の生きる意味です。何もお気になさることはありません」
「あり⋯⋯がと」
穏やかな騎士の言葉の中には、確固たる信念がある。
ぼくは、心の奥が熱くなるのを感じた。
見送りに来ていたハートゥーンが、すかさずセツの隣にやってきた。
ハートゥーンは余程セツが気に入ったようで、ラヤンの道中から、ずっとセツを口説き続けている。
「セツ殿、貴方の為なら屋敷だろうが宝石だろうが、お望みの物をご用意しよう。宮殿勤めもいいが、商人の世界も悪くない。このままタブラに留まられるのはいかがか?」
手を変え品を変え、何百回も愛の言葉が繰り返されている。
「黙れ、下賤な商人風情が!! セツ様、さっさと離宮に帰りましょう。セツ様には、雅な宮殿の風こそがふさわしい」
怒りに燃えたレイが、間に入って叫ぶのも毎度のことだ。ハートゥーンとレイが、お互いを睨みつける。もはや誰も、彼らを止めようとはしなかった。
セツは心底嫌そうな顔で、男たちを怒鳴りつけた。
「⋯⋯何回も言っていますが、自分のことは自分で決めます。私はイルマ殿下のために働きます。そこがタブラだろうが離宮だろうが、イルマ様の行かれる場所に参ります!」
セツの恐ろしい剣幕に、サフィードだけが至極当然だとばかりに頷いていた。
ラヤンの村を出て、砂漠の旅は順調だった。
それというのも、山ほど持たされたラーナの泉の水のおかげだ。神水である泉の水を飲めば、みるみる疲れが取れていく。
砂漠の民は、二度と涸れないように、厳重に泉を守っていくと誓った。
ハートゥーンは邪な心を起こさないよう、砂漠の民からさんざん脅されて涙を呑んだ。
革袋一杯分の泉の水を長からもらっていたから、ひょっとしたら、あれで何か商売をするつもりなのかもしれない。
泉には優しい精霊の気配があった。民が心を捧げる限り、彼女と女神は泉を守るだろう。
これから泉の水は、たくさんの砂漠の民や生き物の命を救ってくれる。
「イルマ王子。砂漠の民は、貴方から受けた恩を忘れない。貴方がスターディアに在る限り、我等はこの国と共に歩むだろう」
ラヤンの長と、セリムからの言葉だ。
砂漠の民の心が得られれば、砂漠の平穏は保たれる。戦が起こらないなら、こんなに嬉しいことはない。
「セリム。ぼくはこの瞳のおかげで、長い間希望や明日を知らなかった。黄金の瞳を持つことは、ぼくには幸運とは限らないんだ。でも、今回だけは良かったと思う。貴方には本当に助けられた。ありがとう」
「助けられたのは、こちらの方だ。輝く瞳の太陽の子よ。今でも攫っていきたいぐらいだが、心がここに無い者を連れていくわけにはいかない。もっと早く貴方に会えていたらと思うが⋯⋯。終生、貴方への誓いは変わらない。いつでも、クァランを訪ねてくれ」
砂漠の民は、静かな笑顔で言った。青い瞳は、その心と同じ。見事に晴れ渡る砂漠の空の色だ。この先も、決して忘れることはないだろう。
セリムと話す間中、シェンの刺すような視線を背中に感じた。ちらっと見れば、不機嫌な顔が見える。
そういえばシェンは、以前よりも素直に心を表してくれる気がする。
シェンたちとラヤンの村で合流した後。お互いの無事を喜び、ラヤンの村では細やかな酒宴が行われた。
その席で、シェンはサフィードに「⋯⋯今度イルマ殿下を泣かせたら、王子と言えど許しません」と言われていた。黙って項垂れていたが、あんな姿もこれまで見たことがない。
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