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第三部 父と子
第16話 神殿①
しおりを挟む王都スァンには、王宮の隣に中央神殿が建っている。国の東西南北に在る四大神殿とは別に、王都の護りとなるよう祈念されて建てられたものだ。
淡い白金の髪に、瑠璃色の宝石の瞳。凛と咲く一輪の花のように、三の王子は白絹の衣を纏って神殿の正面階段の上に立っていた。
「ミケリアス王子!」
「お待ちしておりました、イルマ殿下。ハトス神殿以来ですね」
清廉で穏やかな微笑みは、真に女神に仕えるのにふさわしい。神を治める王子は、四神殿の訪問を終え、久々に王都に戻ってきていた。
イルマとサフィードは神殿内の私的な応接室に通され、すぐに茶が供される。以前、イルマが美味しいと褒めたものだ。
まるで二人が到着するのが分かっていたかのような出迎えに、イルマは驚いて尋ねた。
「突然の訪問をお許しください。こんなことを申し上げるのは何ですが、まるで私たちの訪問をご存知だったように思えます」
「残念ながら千里眼はもっておりません。ですが、あちこちに張り巡らした糸がありますので」
──当たり前のような態度だけれど、言っていることがすごい。王子の側には、常に影がいるのだ。例え姿が見えなくても。
「その御力で、ぜひ相談に乗っていただきたいのです。私はスターディアの、特に王宮のことは何もわかりません。ミケリアス殿下ならきっと知恵を貸していただけると思って、こちらに参りました」
「⋯⋯」
「ミケリアス殿下?」
「いえ」
冷静沈着な王子の瞳がわずかに揺れる。頬がほんの少しだけ赤い。
⋯⋯もしかして、照れているんだろうか? シェンといい、素直に感情を表さない兄弟だな。何だか可愛い気もするけれど。
自分の兄弟が感情を表に出しすぎなのかもしれない。一瞬浮かんだ疑念をイルマは飲み込んだ。
以前より背が伸びた王子を少し見上げながら、イルマは王宮の庭で聞いたことを話した。
ミケリアス王子の眉が徐々に曇り、王子は「失礼」と一言告げて、後ろに控えた影のジオに耳打ちする。ジオは素早く、部屋を出た。
「ミケリアス殿下。先ほど王宮の庭で出会った者たちは、『第二王子は目の上の瘤』だと言いました。シェンは、何か恨みを買うようなことがあるのでしょうか?」
三の王子は、傍らに控える侍従に新しい茶を淹れるよう言いつけた。
「兄が、武の長だと言うことは既にご存知だと思います。少し、我が国のことをお話ししてもよろしいですか?」
イルマが頷くのを見て、王子は静かに話し始めた。
スターディアは代々他国と戦い、併合して領土を広げてきた。中でも先代の王は領土の拡大を何よりも良しとした。
「多くの国を我が領土とする中で、戦で活躍した騎士たちの中には驕り高ぶる者も出てきます。長い時間をかけて騎士団の中で不正が育まれることもある。ですが、それに気づいた者が訴え出ても、相手が上の者なら誰も取り上げはしない。明るみに出たとして、下の者も無傷ではすみません」
イルマは、どこかで聞いたことがある話だと思った。
そうだ、ユーディトに誘われて湖畔屋敷に向かった時に山賊に襲われた。あの時、シェンバーが言ったではないか。
「⋯⋯以前、兄君から伺ったことがあります。騎士団の上層部の汚職に耐えかねて、下級騎士たちが剣を取った。上層部の処罰はなされたけれど、下級騎士たちも大きな代償を負ったと」
「ええ、下級騎士たちは悉く死刑となり、他国に逃れる者も出ました。兄はあの日から、ずっと戦っているのです」
「ずっと、戦っている⋯⋯?」
ミケリアス王子の長い睫毛が揺れた。どこか遠くを眺めるような瞳になる。
「幼い時から戦場に立ってはいても、人や命にろくに興味をもたない人でした。そんな兄が、こんな状態はおかしいと言ったのです。告発の代償が命では、誰も口を開かない。団は生きながら腐っていくようなものだと」
イルマは胸を衝かれた。
⋯⋯シェンは、そんな話を自分に言ったことがない。
「救えなかった命を、今後は一つでも救えるように努力する。死者たちを弔いながら、兄はそう言いました。今後、兄が指揮を執れば武も変化するでしょう」
「その変化を、快く思わない者がいる、ということですか?」
ミケリアス王子は静かに頷いた。
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