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第三部 父と子
第20話 宮中舞踏会①
しおりを挟む国王主催の夜会が開催されるのは、実に1年ぶりだった。
スターディアの歴史は、戦いの歴史だ。先王は特に領土の拡大をよしとしてきたが、現国王は先代が拡大した領土を盤石のものとすることに腐心している。
華美を嫌い、滅多に開催されない宮中舞踏会が行われることに人々は注目し、様々な憶測を籠めて噂が流れていた。
宮中舞踏会当日。
次々に馬車から降りた出席者たちは、談笑しながら夜会の為の大広間に向かう。明かりが煌煌と灯され、贅を尽くした部屋の扉は選ばれた者たちの為だけに開かれた。
「シェンバー殿下にお目に掛かれるなんて、楽しみで仕方がありませんわ」
「南の離宮に引き籠もられて、少しもお姿をお見せになりませんでしたけれど。⋯⋯ご存知? 瞳も快癒なさって、いよいよ王宮にお戻りになられるとか」
「もちろん! そのおかげで今宵の舞踏会に出席するのは一苦労でした」
「王宮でも出席者を増やせと大変だったとか。宰相殿も、さぞ苦労なさったことでしょうね」
鮮やかなドレスをひらめかせながら、貴婦人たちが囁き交わす。扇の影の声は、小鳥のさえずりよりも賑やかだ。
貴婦人たちは、玉座の近くに立つ宰相をちらりと眺めた。
長年国王の右腕を務めてきた男は、穏やかな笑顔で人々を迎えている。
姫君や年若い貴族たちの注目は、ただ一点に絞られていた。
女神に愛された美貌を持つ王子が、誰を伴ってくるのかということだけに。
「離宮に隠しておられたご婚約者を伴われると聞いたけれど」
「⋯⋯フィスタの末の王子殿下でしょう? 長い間、病に伏されていたとか。シェンバー殿下はその為にフィスタにずっと留め置かれたと」
「そんな方で、武の王子の傍らに立てるものかしら?」
一際華やかな若者たちの中で、よく似た面差しの男女は静かに話を聞いていた。
「ねえ、そう思われませんか? レーテ様」
急に話を向けられて、金髪を揺らした姫君は、傍らに立つ貴公子を見た。
「尊い方々のことを口にするのは⋯⋯」
甘い声が姫君たちの言葉を遮る。
花よりも美しい微笑に、その場に居た者たちは息を呑んだ。
「⋯⋯礼を失すると言うでしょう? 女神の地からいらした方を拝見できるとは楽しみだ」
レーテ・シュタインの言葉を引き取ったのは、一つ上の兄だった。
双子のようによく似た兄妹が並んだ姿は、一対の精巧な人形のように美しい。
「御覧なさい。殿下方の御出座しです」
大広間の空気が一斉に騒めき、まるで水が流れるように、人々の視線は奥の扉に向けられた。黄金の獅子が剣を咥える姿が描かれた扉を出入りできる者は、王族だけと決まっている。
宰相が進み出て、主君の一族を迎え入れるために頭を下げた。
王太子エルダシオンが妃と共に大広間に足を踏み入れた時、小さな歓声が沸いた。後ろに続くミケリアス王子を見て、あちこちからため息が漏れる。
「いつの間にお帰りになったのでしょう? 三の王子までがおいでとは」
一年の大半を神殿で暮らす王子は一旦王宮を出たら、滅多に人前に姿を現さない。清廉な王子の姿は、祭祀の時にしか目にする機会が無いのだ。
最奥には玉座と王族の為の席が用意されている。
王子たちがそれぞれの席の前に立った時、流れていた音楽が一斉に変わった。
国王と王妃の入室に、人々の手が大きく打ち鳴らされる。国王はわずかに右手を挙げて笑顔で応え、玉座に進んだ。
王族たちが揃って席に着いた時、人々の騒めきは増した。
「二の王子は、どうなさったのだ?」
「まさか、今日になって御欠席ということはあるまい」
「皆々様、御静粛に!」
場に流れていた音楽が途切れ、大広間が静まり返る。
獅子の扉が大きく開かれた。
一斉に向けられた目が捉えたのは、二つの姿だった。
長身の王子は、小柄な人物の手を取って、真紅の絨毯の上を歩いてくる。少し首を傾げ、何か囁きながら穏やかに傍らを見つめた。
真っ直ぐに前を向いて歩く時も、ゆっくりと相手に歩幅を合わせている。
誰もが王子の纏う雰囲気の変化に驚いた。
──研ぎ澄まされた刃のような方だったはずだ。あれは、本当に二の王子か?
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