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第三部 父と子
第21話 宮中舞踏会②
しおりを挟む王子が手を取る人物は、足元までの薄く長いヴェールを身に着けていた。ヴェールには、目を瞠るほど美しい刺繍が施されている。
フィスタは精緻な刺繍が有名な国だったことが、人々の記憶の中に蘇る。繊細で高い技術は他国の追随を許さない。
光沢があり美しく輝くヴェールには、光の波の中から女神の化身である白銀の鳥が舞う姿が縫い取られていた。
麗しき女神の坐す神秘の国。
多くの者の胸に、未だ踏み入れたことがない国への憧憬が生まれた。
「あッ」
細く、小さな声が聞こえる。
緊張の為だろうか、フィスタの王子が絨毯につまずいてよろめいた。シェンバー王子は即座に自分の腕を差し出して、倒れそうな体を抱きとめる。二の王子の胸に細い体が収まった時、会場からは大きなため息が漏れた。そして、次の瞬間に見せた王子の笑顔に人々の目は釘付けになった。
これまでの二の王子は、何の感情も示さずに人々に接してきた。氷の美貌と揶揄されたこともあった程だ。ところが、フィスタの王子に向ける顔には、心配と安堵が交錯している。人々はそこに、紛れもない愛情を感じた。
姫君たちは興奮を抑えきれずに囁き交わし、若い貴族たちもヴェールの下の姿に興味津々だった。 衣装からわずかに見える手足は華奢だ。王子に支えられる姿は大層可憐に映る。
自分たちが先程フィスタの王子に抱いた不満は、太陽を浴びた朝露のように消えようとしていた。
シェンバーは、胸の中に抱いた姿に、極小声で囁いた。
「⋯⋯大丈夫か。席まであと少しだ。がんばれ」
「むむむ無理です。無理無理無理いいいい!!!!」
「お前しかいないんだ! セツ!!」
互いに手を取り合って囁き合う二人の姿は親密にしか映らない。
フィスタの王子を支えながら二の王子が席に着いた時、大広間は大層和やかな雰囲気に包まれていた。
国王は満足げに微笑み、宰相の合図で舞踏会の開催が告げられた。
音楽は即座に華やかなものに変わって、人々は次々に王の前に挨拶に訪れる。膝を折って頭を垂れる者たちに、王は穏やかに声をかけた。
国王から直接言葉を賜る機会は滅多にない。挨拶を終えた人々は、高揚した心のまま手を取り合って広間の中央に向かう。大広間では、花が咲くように優雅なダンスが繰り広げられていた。
「⋯⋯どういうことです?」
三の王子の潜めた声を耳にしたのは、席に着いて同時に大きく息をついた二人だけだった。
中央の玉座の右手には王太子たちの席、左手には下の王子たちの席が設けられている。
スターディアでは上位の者が声をかけるまで、下位の者は発言が許されない。どんなに関心があっても王族たちの席に近づける者はいなかった。上位の貴族から順に王の御前に出ることのみが許されていたのだ。
ミケリアスの瞳は前方の広間に向けられ、穏やかな表情を浮かべている。しかし、声には明らかに疑念があった。
「イルマ王子はどちらに?」
「お前の影ならわかりそうなものだが。イルマに付けていただろう?」
ちら、と美しい瞳が兄を見た。
「ご存知だったのですね」
「同じことを考えていたからな」
兄弟の間に沈黙が落ちた。
王子たちは、さながら花々が咲き誇る様相でダンスに興じる人々を目に映す。華やかさとは裏腹に闇が闊歩するのが宮廷だ。
ヴェールが揺れて、細い体に細かな震えが走る。
シェンバーは気遣うように囁く。
「堂々としているんだ。ここにいる限り、誰も近づくことは出来ない」
震えがおさまり、少しずつ息を整えている様子が見て取れた。
「⋯⋯ですが、長時間は無理がある。父上が私たちに声をかけて来れば、皆の注目が集まります」
ミケリアスの言葉は、兄とヴェールの下の脅える心を貫いた。
すすり泣く声が聞こえる。
シェンバーはわずかに眉を寄せながら、弟王子を睨みつけた。
「⋯⋯え?」
動揺したのは、三の王子だ。
⋯⋯もしや、訓練されてもいない者を身代わりに?
過去に、王族の身代わりを立てるような事態がなかったわけではない。だが、その時に選出されたものは皆、それなりの訓練を受けた者ばかりだ。
ヴェールから覗く華奢な手に、ぽとりと涙が落ちた。
常ならば兄は即座にその手を取り、口づけを交わすだろう。人形のように感情を見せない男を変えた者こそ、心優しいフィスタの王子なのだから。
だが、兄王子からは小声で励ます声が聞こえるばかりだ。
⋯⋯そんなにも早急な事態だったのか。人も選べぬほどに。
三の王子は混乱し、わずかに自責の念が走る。その傍らに、そっと一人の男が近づいた。
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