【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
121 / 202
第三部 父と子

第21話 宮中舞踏会②

しおりを挟む
 
 王子が手を取る人物は、足元までの薄く長いヴェールを身に着けていた。ヴェールには、目を瞠るほど美しい刺繍が施されている。

 フィスタは精緻な刺繍が有名な国だったことが、人々の記憶の中によみがえる。繊細で高い技術は他国の追随を許さない。
 光沢があり美しく輝くヴェールには、光の波の中から女神の化身である白銀の鳥が舞う姿が縫い取られていた。
 麗しき女神のいます神秘の国。
 多くの者の胸に、未だ踏み入れたことがない国への憧憬が生まれた。

「あッ」
 細く、小さな声が聞こえる。

 緊張の為だろうか、フィスタの王子が絨毯につまずいてよろめいた。シェンバー王子は即座に自分の腕を差し出して、倒れそうな体を抱きとめる。二の王子の胸に細い体が収まった時、会場からは大きなため息が漏れた。そして、次の瞬間に見せた王子の笑顔に人々の目は釘付けになった。

 これまでの二の王子は、何の感情も示さずに人々に接してきた。氷の美貌と揶揄されたこともあった程だ。ところが、フィスタの王子に向ける顔には、心配と安堵が交錯している。人々はそこに、紛れもない愛情を感じた。

 姫君たちは興奮を抑えきれずに囁き交わし、若い貴族たちもヴェールの下の姿に興味津々だった。 衣装からわずかに見える手足は華奢だ。王子に支えられる姿は大層可憐に映る。
 自分たちが先程フィスタの王子に抱いた不満は、太陽を浴びた朝露のように消えようとしていた。

 シェンバーは、胸の中に抱いた姿に、ごく小声で囁いた。
「⋯⋯大丈夫か。席まであと少しだ。がんばれ」
「むむむ無理です。無理無理無理いいいい!!!!」
「お前しかいないんだ! セツ!!」

 互いに手を取り合って囁き合う二人の姿は親密にしか映らない。
 フィスタの王子を支えながら二の王子が席に着いた時、大広間は大層和やかな雰囲気に包まれていた。

 国王は満足げに微笑み、宰相の合図で舞踏会の開催が告げられた。

 音楽は即座に華やかなものに変わって、人々は次々に王の前に挨拶に訪れる。膝を折って頭を垂れる者たちに、王は穏やかに声をかけた。
 国王から直接言葉を賜る機会は滅多にない。挨拶を終えた人々は、高揚した心のまま手を取り合って広間の中央に向かう。大広間では、花が咲くように優雅なダンスが繰り広げられていた。

「⋯⋯どういうことです?」
 三の王子の潜めた声を耳にしたのは、席に着いて同時に大きく息をついた二人だけだった。

 中央の玉座の右手には王太子たちの席、左手には下の王子たちの席が設けられている。
 スターディアでは上位の者が声をかけるまで、下位の者は発言が許されない。どんなに関心があっても王族たちの席に近づける者はいなかった。上位の貴族から順に王の御前に出ることのみが許されていたのだ。

 ミケリアスの瞳は前方の広間に向けられ、穏やかな表情を浮かべている。しかし、声には明らかに疑念があった。

「イルマ王子はどちらに?」
「お前のならわかりそうなものだが。イルマに付けていただろう?」
 ちら、と美しい瞳が兄を見た。
「ご存知だったのですね」
「同じことを考えていたからな」

 兄弟の間に沈黙が落ちた。
 王子たちは、さながら花々が咲き誇る様相でダンスに興じる人々を目に映す。華やかさとは裏腹に闇が闊歩するのが宮廷だ。

 ヴェールが揺れて、細い体に細かな震えが走る。
 シェンバーは気遣うように囁く。
「堂々としているんだ。ここにいる限り、誰も近づくことは出来ない」
 震えがおさまり、少しずつ息を整えている様子が見て取れた。

「⋯⋯ですが、長時間は無理がある。父上が私たちに声をかけて来れば、皆の注目が集まります」
 ミケリアスの言葉は、兄とヴェールの下の脅える心を貫いた。

 すすり泣く声が聞こえる。
 シェンバーはわずかに眉を寄せながら、弟王子を睨みつけた。

「⋯⋯え?」
 動揺したのは、三の王子だ。
 ⋯⋯もしや、訓練されてもいない者を身代わりに?

 過去に、王族の身代わりを立てるような事態がなかったわけではない。だが、その時に選出されたものは皆、それなりの訓練を受けた者ばかりだ。
 ヴェールから覗く華奢な手に、ぽとりと涙が落ちた。

 常ならば兄は即座にその手を取り、口づけを交わすだろう。人形のように感情を見せない男を変えた者こそ、心優しいフィスタの王子なのだから。
 だが、兄王子からは小声で励ます声が聞こえるばかりだ。

 ⋯⋯そんなにも早急な事態だったのか。人も選べぬほどに。
 三の王子は混乱し、わずかに自責の念が走る。その傍らに、そっと一人の男が近づいた。
 
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです! 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜

MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。 竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。 ※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...