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第三部 父と子
第22話 襲撃①
しおりを挟む男は一言告げて、その場を去った。
「⋯⋯イルマ王子に付けていた影の行方が分かりません」
シェンバーの表情が引き締まる。
「私の元に手紙が届いた。⋯⋯舞踏会に来ればイルマを返すと」
「攫われたのですか?」
ミケリアスの言葉に答えたのは、ヴェールの下のセツだった。
「今朝早く、女神に祈りを捧げると庭に出られたきりなのです。近くに王族だけの神殿がある。今夜が無事に済むようにお願いしてくると仰って」
あの時お止めしていれば、と細い声が言う。
ミケリアスは、自分の中にはっきりと怒りが灯るのを知った。
イルマ王子が向かった神殿は、自分と初めて会った場所だろう。女神に祈りを捧げる者は全て、神殿が擁護する者。自分が守るべき者なのだ。
「兄上、お心当たりは?」
「そんなものは山ほどある。ただ、武の関連には違いない」
押し殺した怒りは、ミケリアスとセツにも伝わってきた。
シェンバーは今すぐ、この場を封鎖して騎士団を乗り込ませ、諸侯の一人一人を尋問してやりたい気持ちでいっぱいだった。だが、こちらが荒手に出たらイルマ王子がどう扱われるかわからない。
「王子を攫った目的は⋯⋯」
「騎士団の統轄の放棄と婚姻の無効。王宮に来てからずっと、脅しがかかっている。内々に調べさせ、イルマの周りにも人を近づけないようにしていた」
目の前には眩しいほどの明かりに照らされた華やかな空間がある。だが、少し目を逸らせば、外は漆黒の闇だ。
まさにこの国だとシェンバーは思った。
女神の住まうあの国は、どうしてあんなにも穏やかな光に包まれていたのか。愛しい者は無事なのかと気持ちが苛立つ。
「⋯⋯イルマ様はきっと、ご無事です」
セツが呟いた。まるで、自分の気持ちを奮い立たせるように。
「女神が守ってくださいます。それに、シェンバー殿下の指輪も身に着けていらっしゃいます」
商人のサウルは、力のある宝石は護りになると言った。この際、何でもいいから信じたいと思う。
──黄玉は、闇を照らす希望。
シェンバーは、指輪を嵌めた手に強く力を籠めた。
◇◆
──どこにいるんだろう?
イルマは困惑していた。
朝一番に、王宮の庭にある女神の神殿に向かったはずだった。
空が白み始めた頃、冷えた空気の中を走った。西の宮殿から王族だけの神殿は近く、小道伝いに行けば時間はかからない。
「今日は特別な日だから、女神に祈りを捧げたい」
朝早くからお茶を淹れてくれたセツにそう言えば、優しい乳兄弟は反対しなかった。イルマはセツが昨夜、あまり寝ていないことを知っている。昨日から何度も今夜の衣装や段取りを確認していた。
「今朝のお茶はいつもと違うね。甘味があって少し花の香りがする」
「祝い事だからと、今日の為にミケリアス王子から届けられました」
影のことといい、三の王子はさり気ない気遣いをする人だ。
イルマは、温かい気持ちでお茶を飲み干した。シェンバーから贈られた指輪をそっと撫でる。
たくさんの人の力で、今日を迎えられた。皆への感謝と今日の無事を祈ろう。
西の宮殿から走り続けてあと少しと言う時に、別の小道から男たちが現れた。
手に手に道具を持ち、談笑しながらこちらにやってくる。これから朝の仕事を始める庭師たちだろう。邪魔にならないように少しよけて⋯⋯と、足を止めた。
その瞬間に、男たちの纏った雰囲気が変わった。手元に持っていた道具は硬質な刃になり、穏やかな気配は微塵もない。
──ぼくに向かってくる?
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