【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第三部 父と子

第25話 切望②

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 ◇◆


「⋯⋯見えた?」
 イルマは、ただ呆然と目の前の水に映った光景を見つめていた。
「あれは、サフィードとぼく⋯⋯」

 黒服の騎士たちに囲まれて、サフィードは口を引き結んだまま歩いていく。蒼白な顔色の自分をしっかりと抱きかかえたまま。


 四阿のすぐ近くに、清水が滾々こんこんと湧く泉がある。出会ってすぐに、少年はイルマの手を引いて泉までやってきたのだ。
 澄んだ泉の水を覗いてみるように少年は言う。
 穏やかな水面をじっと見ていると、自分を守って戦う騎士の姿が見えた。


「そう。泉の水に映ったことは、現世で起こっていること」
「え? 待って。じゃあ、ここにいるは⋯⋯」
 瑠璃色の瞳が、一瞬迷ったように細められたがきっぱりと告げた。
「魂だけで、に来ている。体とあまり長く離れてはいけない」

 幼い頃、ルチアがよく言っていた。
『体は器。魂は本質。引き合うようにできていますが、長い間離れていると、魂は帰る器がわからなくなります』
『わからなくなると、どうなるの?』
『魂だけが、帰る場所を求めて彷徨さまようようになるのです』
 ⋯⋯そこで決まってセツが大泣きするから、話は終わりになった。

「魂だけって、貴方は⋯⋯」
「私の体はもう現世にはない」

 イルマの気持ちを読むように少年は言った。
「私はルー。ルーウィック・ラゥ・スティオン」

 スティオンは、スターディア王家の名だ。ラゥは『二』を示す。
 ⋯⋯見た目よりもずっと落ち着いている。びっくりするほどシェンによく似た顔だち。それに。
 イルマは、少年の手を取った。楽器を奏でる優雅な姿とは対照的な武骨な手。日々鍛錬を欠かさない、剣を取る者の手。

「スターディアの二の王子殿下⋯⋯」
 柔らかな春の陽射しのような笑顔に、イルマはようやく理解した。
 ⋯⋯この笑顔は、シェンに似ているんじゃない。国王陛下に似ているんだ。

 イルマに手を取られたまま、ルーウィックは言った。
「シェンバーから、私のことを聞いたことがあるだろうか?」
 イルマは頷いた。
「一度だけお聞きしました。現国王陛下が即位される前に、毒で落命されたと」
「そうだ。そして、父は本宮殿の奥庭を閉ざし、兄は決して足を踏み入れない」
 瑠璃色の瞳が、ひどく寂しい色を浮かべた。

 老いた庭師は、閉ざされた庭には長い間、誰も入れないと言った。では、この澄んだ泉や咲き誇る花々はどうなっている?
 イルマは夢の中よりもさらに美しい庭を見渡した。

「どれほど心が残って祈っても、私の声は届かなかった。おそらくこれが最後の機会だろう。⋯⋯この魂が消える前に、奥庭を開放してほしい。そして、兄に、もう自分を責めるなと伝えてほしいんだ」


 ◇◆



 舞踏会の大広間の明かりは煌煌と輝き、宴は最高の時を迎えようとしていた。
 国王の前に跪く貴族が立ち上がり、最後の挨拶を終える。

 宰相が広間に響き渡るような声を放った。
「御静粛に! 陛下より御言葉を賜ります」
 人々は動きを止め、玉座に頭を垂れた。

 王が傍らを振り返れば、緊張した面持ちの王子たちの姿が見える。
 三の王子が何か言いかけたが、二の王子がそれを制した。二の王子は立ち上がると、フィスタの王子の手を取った。

 立ち上がった国王の隣には二の王子とフィスタの王子の姿がある。
 国王は穏やかな微笑と共に、人々に語りかけた。

「今宵は、皆と共に我がスターディアに女神の深き御恩寵が注がれたことを祝いたいと思う。二の王子の瞳は快癒し、同時に世に二つとなき宝を得た。フィスタのイルマ王子こそ女神の愛し子。二人は、女神の代理人たる三の王子の立会いの下に、変わりなき心を誓い伴侶となった」

「伴侶?」
「もう御婚姻を⋯⋯」

 広間から嵐のような歓声が上がる。
 そこには、細い悲鳴と共に次々に倒れる姫君たちの姿も交じっていた。

 扉が開かれ、銀の盆に杯を並べた従僕たちが一斉に入ってくる。
 人々は手に手に杯を持ち、広間は興奮の坩堝るつぼと化した。

「⋯⋯実際に飲まなくていい。飲むふりだけでかまわない」
 シェンバーは、傍らのセツに小声で告げた。
 セツは頷き、配られた手元の杯を見つめる。

 ⋯⋯セツ。
 名を呼ばれた気がして、ぎょっとする。しかもイルマ王子の声だ。
 ⋯⋯泉を通して、こちらの声は伝わらないのかな。セツ、心配してるよね。
 イルマ王子の名を叫ぶのを、セツは必死で堪えた。

 ──心配のあまり、自分はおかしくなったのだろうか。
 杯の中の酒からイルマ王子の声が聞こえるなんて。もしや、目を凝らせば姿も見えるのではないか。

「では、祝杯を! スターディアの栄光とお二方の末永き幸を願って!!」

 宰相の声に我に返り杯を掲げた途端、イルマの声は消えた。セツは唇を噛み締め、心の中で絶叫した。
 ──イルマ様あああああ!!!

 人々が祝杯を飲み干したところに、広間に涼やかな声が響いた。
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