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第三部 父と子
第45話 いつか②
しおりを挟む「宝石と言えば⋯⋯。ガゥイの市場で買った幻影水晶なんだけど、本当は王妃様がお持ちのはずだったんだ」
「亡き王子殿下の形見だった御品ですね」
「うん、何で王妃様のお手元から消えてガゥイにあったんだろうと不思議で、ずっと考えているんだけど」
⋯⋯石が呼んだなら、必ず意味がある。
市場で、売主の老婆がきっぱりと告げた。
幻影水晶が自分を呼んだなら、ルーウィック殿下の想いが呼んだということだ。イルマたちが考え込んだ時、扉を叩く者があった。
「そちらから来てくれるとは思わなかった!」
懐かしさにイルマの頬が緩む。金髪のゆるい巻き毛の商人は跪き、深く頭を垂れた。
「恐れ多くも、第二王子殿下より、西の宮殿に出入りする許可を頂戴致しました。本日は、その御挨拶に参りました」
イルマとセツは顔を見合わせた。そういえば、シェンバーは十分な働きの末には望む報酬を与えると言っていなかったか?
商人は顔を上げて、にっこりと笑った。
「父も兄弟たちも大変な喜びようです。武の王子とご伴侶であられる殿下の御用を務められるとは、まことに光栄の極みです」
王族の御用商人とあれば、あちこちから引き合いがあるだろう。一時の褒美ではなく、後々までの取引を得る手腕にイルマは感心し、セツは舌を巻いた。
挨拶が済んだ後に、セツはサウルに礼を言った。
「そういえば、護りをありがとう。本当に助かった。宝石としては使い物にならなくなってしまったけれど」
「⋯⋯よければ、いただいて帰りましょう。力を使い果たした石は、神殿に奉納致します」
「え? あ、そうなんだ。持ってきてもいいですか? イルマ様」
もちろん、とイルマは頷いた。サウルは何から何まで気が回る男だ。セツから渡された宝石を見た商人は、一瞬眉を顰めた。
「ご無事で何よりでした、セツ様」
心の籠もった言葉にセツがうろたえている。レイがここにいなくてよかったな、とイルマは一人考えた。
「サウル、宝石は勝手にどこかに行ったりしないよね。その、盗難ではなくて」
イルマは、セツから受け取った宝石を丁寧に布で包むサウルに話しかけていた。自分でもおかしなことを言っているな、と思いながら。
「姿が見えなくなったものがおありですか?」
「ちょっと、⋯⋯知り合いのところの宝石が。今はもう無事に持ち主の元にあるんだけど、以前とは変わってしまったんだ」
「その石は、想いを果たしたのかもしれませんね」
どこかで聞いた言葉だ、とイルマは思った。
そうだ、ガゥイの市場で老婆は言っていた。
『石が想いを果たした時、またここに参られよ』と。
サウルは微笑んで言った。
「力の強い宝石の話を聞いたことがあります。動けない自分のかわりに、見た者を呼ぶと」
「人を?」
「そうです。買わせたり、盗ませたり。自分が求める場所に行けるように力を使い、後には色や形が変わるものもあるそうです。宝石に呼ばれた方は堪ったものではありませんね」
「⋯⋯え、ああ。⋯⋯うん、そうだね」
イルマの脳裏に、ルーウィック王子のいたずらな表情や晴れやかな笑顔が浮かぶ。
長い間、奥庭から愛する者たちを見ていた殿下。哀しみに閉ざされた庭で、後悔に閉ざされた人々の側で。
──私の心は届かない。
それはどんなに孤独な事だっただろう。
いつか⋯⋯、いつか。
いつか、貴方の元にこの想いが届きますように。
国王陛下にもらった幻影水晶を、殿下はずっと大切にしていたと言う。孤独な王子の祈りを、石はずっと受けとめ続けたのか。
「⋯⋯あの水晶も頑張ったんだな」
「は?」
王妃の元に戻った宝石は、一点の曇りもない透明な水晶に変わっていた。まるで、全ての憂いを取り去ったかのように。
「今度、ガゥイに行こうと思う。もう一度、市場に行きたいんだ」
イルマの言葉に、南方の褐色の肌を持つ商人は、嬉しそうに笑った。
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