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第三部 父と子
第47話 ガゥイ②
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「王妃様の大切な品が戻ったのなら何よりだ」
「はい、とある方の形見の御品です。本当に良かったと思います」
微笑む娘の瞳に曇りはない。仮に娘が王妃の元から盗んだなら、自ら話はしないだろう。イルマの中で水晶の単独犯説が確定した。
娘の隣に若者がやってきた。
夫だと言う若者は、妻にイルマを紹介され深々と礼をした。そして、真っ直ぐにイルマを見て言った。
「殿下。此度のご支援にガゥイの住民の一人として心から御礼申し上げます」
「支援?」
「はい。少し前に殿下方から頂いたご寄付で、ガゥイには初めて孤児院が建てられることになりました。私と妻も、お話を伺って、週に一度ですが子どもたちに糧を与えられればと思いまして」
若い夫婦は、互いに目を見合わせて微笑んだ。
若者は、商人の町のガゥイでは昔から人の行き来が多かったと言う。身寄りのない子どもが捨てられていくことも珍しくはない。
「働ける年の子は引き取る者もありますが、多くは打ち捨てられます。私も、長い間それが当たり前だと思っていました」
フィスタでも、町や村で世話ができない子どもは、黒の森で獣の餌食になるしかなかった。
「哀れだが仕方がない。町の者も市場に店を出す者も皆そう思ってきたのです。長い間、ずっと⋯⋯。しかし、年老いた露店商が、殿下方から頂いた金だと町長に大金を置いていきました。二の殿下との話し合いの末に、孤児院が作られることに決まったのです。お見えになりますか?」
若者の指さす先、広場から見える場所に陽に輝く神殿が見える。神殿の隣に新たに子どもたちの為の場所が作られるのだ。
⋯⋯まさか、そんなことになっていたなんて。その露天商は、水晶を売った店主?
「あの店主、ぼくたちのことを知っていたのか」
イルマが呟くと、侍女だった娘がころころと笑う。
「二の殿下のお姿を見て、王族だとわからぬ者はおりませんでしょう。商人たちは目も耳も聡いもの」
イルマはようやく、市場で以前シェンバーが言っていた言葉の謎が解けた。
『ガゥイの屋台って、みんな気前がいいんだねぇ』
『⋯⋯イルマ、それはちょっと違う』
シェンバーは少し言いよどんでいた。
⋯⋯あれは、王族だからと気を遣われていたのか。
イルマの胸は少しだけ切なくなる。これは、唯の感傷だとわかっていた。
「殿下?」
「いや⋯⋯」
「私は王都で育ち、王宮に出入りしていた主人と知り合いました。ガゥイに来て初めて知ったことがたくさんあります」
榛色の瞳を輝かせて、娘が言う。傍らに立つ若者が引き受けるように言葉を続けた。
「ガゥイの住民は皆、二の殿下に親愛の気持ちを抱いております。殿下は、王族としての責任だと仰って、町の治安が悪かった時に御力添えくださった。要所要所に兵を出し見回りが増えたおかげで、犯罪は激減しました。殿下が離宮にお越しになってから、ガゥイは変わったのです」
若者の瞳には、揺るぎない信頼が見える。
イルマの胸に明かりが灯り、自分のことのように嬉しかった。
⋯⋯今すぐ、シェンに会いたい。
折角だからと、若い夫婦はイルマたちを孤児院が作られる場所まで案内してくれた。
神殿の隣で、たくさんの男たちが立ち働いている。畑地の一部を整地して孤児院を建てるためだろう。作物が取り除かれ、土地の一部が掘り返されていた。
イルマの目に、すらりと立つ黄金の髪の美丈夫が飛び込んできた。
熱心に図面を見ながら、傍らの男たちと話し込んでいる。その姿を、イルマが見間違えるわけがなかった。
声を掛けようかどうしようかとイルマが迷っていると、当の本人が振り返った。
「イルマ?」
「シェン!」
「どうしてここに? もう離宮に着いて休んでいるかと思ったのに」
シェンバーが走ってきて、すぐ隣に立った。嬉しそうな顔に、イルマの顔がほころぶ。
二人は今夜、南の離宮で落ち合う予定だった。シェンバーは、南で視察したい場所が幾つかあるからと、イルマたちより2日先に王宮を出ていたのだ。
5日ぶりに会うのに、どちらも、もっと長い間離れていたように感じていた。
「はい、とある方の形見の御品です。本当に良かったと思います」
微笑む娘の瞳に曇りはない。仮に娘が王妃の元から盗んだなら、自ら話はしないだろう。イルマの中で水晶の単独犯説が確定した。
娘の隣に若者がやってきた。
夫だと言う若者は、妻にイルマを紹介され深々と礼をした。そして、真っ直ぐにイルマを見て言った。
「殿下。此度のご支援にガゥイの住民の一人として心から御礼申し上げます」
「支援?」
「はい。少し前に殿下方から頂いたご寄付で、ガゥイには初めて孤児院が建てられることになりました。私と妻も、お話を伺って、週に一度ですが子どもたちに糧を与えられればと思いまして」
若い夫婦は、互いに目を見合わせて微笑んだ。
若者は、商人の町のガゥイでは昔から人の行き来が多かったと言う。身寄りのない子どもが捨てられていくことも珍しくはない。
「働ける年の子は引き取る者もありますが、多くは打ち捨てられます。私も、長い間それが当たり前だと思っていました」
フィスタでも、町や村で世話ができない子どもは、黒の森で獣の餌食になるしかなかった。
「哀れだが仕方がない。町の者も市場に店を出す者も皆そう思ってきたのです。長い間、ずっと⋯⋯。しかし、年老いた露店商が、殿下方から頂いた金だと町長に大金を置いていきました。二の殿下との話し合いの末に、孤児院が作られることに決まったのです。お見えになりますか?」
若者の指さす先、広場から見える場所に陽に輝く神殿が見える。神殿の隣に新たに子どもたちの為の場所が作られるのだ。
⋯⋯まさか、そんなことになっていたなんて。その露天商は、水晶を売った店主?
「あの店主、ぼくたちのことを知っていたのか」
イルマが呟くと、侍女だった娘がころころと笑う。
「二の殿下のお姿を見て、王族だとわからぬ者はおりませんでしょう。商人たちは目も耳も聡いもの」
イルマはようやく、市場で以前シェンバーが言っていた言葉の謎が解けた。
『ガゥイの屋台って、みんな気前がいいんだねぇ』
『⋯⋯イルマ、それはちょっと違う』
シェンバーは少し言いよどんでいた。
⋯⋯あれは、王族だからと気を遣われていたのか。
イルマの胸は少しだけ切なくなる。これは、唯の感傷だとわかっていた。
「殿下?」
「いや⋯⋯」
「私は王都で育ち、王宮に出入りしていた主人と知り合いました。ガゥイに来て初めて知ったことがたくさんあります」
榛色の瞳を輝かせて、娘が言う。傍らに立つ若者が引き受けるように言葉を続けた。
「ガゥイの住民は皆、二の殿下に親愛の気持ちを抱いております。殿下は、王族としての責任だと仰って、町の治安が悪かった時に御力添えくださった。要所要所に兵を出し見回りが増えたおかげで、犯罪は激減しました。殿下が離宮にお越しになってから、ガゥイは変わったのです」
若者の瞳には、揺るぎない信頼が見える。
イルマの胸に明かりが灯り、自分のことのように嬉しかった。
⋯⋯今すぐ、シェンに会いたい。
折角だからと、若い夫婦はイルマたちを孤児院が作られる場所まで案内してくれた。
神殿の隣で、たくさんの男たちが立ち働いている。畑地の一部を整地して孤児院を建てるためだろう。作物が取り除かれ、土地の一部が掘り返されていた。
イルマの目に、すらりと立つ黄金の髪の美丈夫が飛び込んできた。
熱心に図面を見ながら、傍らの男たちと話し込んでいる。その姿を、イルマが見間違えるわけがなかった。
声を掛けようかどうしようかとイルマが迷っていると、当の本人が振り返った。
「イルマ?」
「シェン!」
「どうしてここに? もう離宮に着いて休んでいるかと思ったのに」
シェンバーが走ってきて、すぐ隣に立った。嬉しそうな顔に、イルマの顔がほころぶ。
二人は今夜、南の離宮で落ち合う予定だった。シェンバーは、南で視察したい場所が幾つかあるからと、イルマたちより2日先に王宮を出ていたのだ。
5日ぶりに会うのに、どちらも、もっと長い間離れていたように感じていた。
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