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第三部 父と子
第50話 君と③
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「ねえ、イルマ。イルマは、神殿で愛を誓わなくてもいいの?」
「もう、ラーナの泉の前で女神に誓ったよ」
「神官に互いの名を告げて証をたてなくても?」
「ミケリアス殿下が証人になってくださっている」
「じゃあ⋯⋯、イルマの晴れ姿を父君や母君に見ていただこうとは思わない?」
「えっ! そ、それは⋯⋯」
ぐっと詰まって眉を寄せる伴侶を、シェンバーは心から愛しいと思う。
目の前のイルマを腕の中にぎゅっと抱きしめて、シェンバーは顔中に口づける。嫌がられても気にしなかった。腕の中でもがいていたイルマはいつの間にかおとなしくなり、耳まで赤くなっている。耳朶を食めば、ぴくりと震える体がいじらしい。
シェンバーは、イルマの手を取って指輪に唇を寄せた。シェンバーの色を身に着けた彼は、二つとない宝だ。
イルマが口ごもっている間、シェンバーの脳裏にめまぐるしく一つの計画が立ち上がる。
⋯⋯王宮での暮らしが落ち着いた頃、あらためて内外に触れを出そう。
シェンバーは考える。
⋯⋯スターディアの諸侯に周知されただけで、対外的には二人の婚姻は知られていない。あまり大々的にしたらイルマに嫌がられるだろうか。でも、生涯ただ一度の機会だ。多少派手にしてもいいだろう。フィスタの王族は全員来ると言って揉めるかもしれない。クァランの部族にも呼ばねば怒る者たちがいる。それに、イルマはフィスタから大事な親友を呼びたいと言うだろうか?
「シェン」
甘い蜂蜜色の瞳がシェンバーを呼ぶ。珍しく眉を上げて真剣な瞳をしている。
「ぼくは、その⋯⋯。既に伴侶になっているんだし、もう十分だと思う」
「うん」
「指輪だってもらったんだから!」
「うん」
「お披露目はもう、終わったんだよ!」
「内への披露目と外への式では違うだろう。それに、私はイルマの晴れ姿が見たい」
真っ赤になったイルマが何か言いたげに呻いている。
シェンバーは涼しい顔をしてイルマに口づけた。
「⋯⋯じゃあ、じゃあね! シェンが陛下たちに自分の気持ちを言えたらね!」
イルマの拗ねた声に、今度はシェンバーが目を剥いた。
「それでは、時間がかかりすぎる!」
「なんで!?」
イルマとシェンバーは顔を見合わせて、同時に噴き出した。
ひとしきり笑った後に、シェンバーは真っ直ぐにイルマを見つめた。
「イルマがいてくれたら私は、きっと、もっと強くなれる」
シェンバーは、腕の中の温もりを、もう一度強く抱きしめる。
「あの暗闇の中で手を握った日から、ずっと。君と歩んでいきたかった」
「⋯⋯あの時、ぼくの手を引いてくれたのはシェンだ」
遠い日の記憶が二人の間で揺れる。
シェンバーは、イルマがあまり先の話をしないのを知っている。
イルマにはいつも、今しかなかった。シェンバーにも、明日はいつでも見えないものだった。
「どんな相手にも負けない、イルマがいれば。その気持ちを皆の前で見せたいんだ」
「⋯⋯そんなことを言われたら」
「一緒に並んで歩いてくれる?」
返事の代わりに、イルマはシェンバーの頬を両手で包んだ。美しい瞳と同じ色が指に煌めいている。
二人はゆっくりと口づけを交わした。
──この先を、生きよう。君と。
伴侶とは、長い時を共に歩む者だから。
⋯⋯女神の御許までも。
穏やかな陽射しが、重なる二つの影を見守っている。
女神の心からの祝福が、誰も知らず静かにあたたかく降り注ぐ。
「⋯⋯王宮にもう少し、慣れたらね」
目の前でぴょんと跳ねた髪に、美貌の王子は心からの笑みを見せた。
【第三部 父と子 了】
「もう、ラーナの泉の前で女神に誓ったよ」
「神官に互いの名を告げて証をたてなくても?」
「ミケリアス殿下が証人になってくださっている」
「じゃあ⋯⋯、イルマの晴れ姿を父君や母君に見ていただこうとは思わない?」
「えっ! そ、それは⋯⋯」
ぐっと詰まって眉を寄せる伴侶を、シェンバーは心から愛しいと思う。
目の前のイルマを腕の中にぎゅっと抱きしめて、シェンバーは顔中に口づける。嫌がられても気にしなかった。腕の中でもがいていたイルマはいつの間にかおとなしくなり、耳まで赤くなっている。耳朶を食めば、ぴくりと震える体がいじらしい。
シェンバーは、イルマの手を取って指輪に唇を寄せた。シェンバーの色を身に着けた彼は、二つとない宝だ。
イルマが口ごもっている間、シェンバーの脳裏にめまぐるしく一つの計画が立ち上がる。
⋯⋯王宮での暮らしが落ち着いた頃、あらためて内外に触れを出そう。
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⋯⋯スターディアの諸侯に周知されただけで、対外的には二人の婚姻は知られていない。あまり大々的にしたらイルマに嫌がられるだろうか。でも、生涯ただ一度の機会だ。多少派手にしてもいいだろう。フィスタの王族は全員来ると言って揉めるかもしれない。クァランの部族にも呼ばねば怒る者たちがいる。それに、イルマはフィスタから大事な親友を呼びたいと言うだろうか?
「シェン」
甘い蜂蜜色の瞳がシェンバーを呼ぶ。珍しく眉を上げて真剣な瞳をしている。
「ぼくは、その⋯⋯。既に伴侶になっているんだし、もう十分だと思う」
「うん」
「指輪だってもらったんだから!」
「うん」
「お披露目はもう、終わったんだよ!」
「内への披露目と外への式では違うだろう。それに、私はイルマの晴れ姿が見たい」
真っ赤になったイルマが何か言いたげに呻いている。
シェンバーは涼しい顔をしてイルマに口づけた。
「⋯⋯じゃあ、じゃあね! シェンが陛下たちに自分の気持ちを言えたらね!」
イルマの拗ねた声に、今度はシェンバーが目を剥いた。
「それでは、時間がかかりすぎる!」
「なんで!?」
イルマとシェンバーは顔を見合わせて、同時に噴き出した。
ひとしきり笑った後に、シェンバーは真っ直ぐにイルマを見つめた。
「イルマがいてくれたら私は、きっと、もっと強くなれる」
シェンバーは、腕の中の温もりを、もう一度強く抱きしめる。
「あの暗闇の中で手を握った日から、ずっと。君と歩んでいきたかった」
「⋯⋯あの時、ぼくの手を引いてくれたのはシェンだ」
遠い日の記憶が二人の間で揺れる。
シェンバーは、イルマがあまり先の話をしないのを知っている。
イルマにはいつも、今しかなかった。シェンバーにも、明日はいつでも見えないものだった。
「どんな相手にも負けない、イルマがいれば。その気持ちを皆の前で見せたいんだ」
「⋯⋯そんなことを言われたら」
「一緒に並んで歩いてくれる?」
返事の代わりに、イルマはシェンバーの頬を両手で包んだ。美しい瞳と同じ色が指に煌めいている。
二人はゆっくりと口づけを交わした。
──この先を、生きよう。君と。
伴侶とは、長い時を共に歩む者だから。
⋯⋯女神の御許までも。
穏やかな陽射しが、重なる二つの影を見守っている。
女神の心からの祝福が、誰も知らず静かにあたたかく降り注ぐ。
「⋯⋯王宮にもう少し、慣れたらね」
目の前でぴょんと跳ねた髪に、美貌の王子は心からの笑みを見せた。
【第三部 父と子 了】
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