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第三部 父と子
◆完結特別番外編◆ ある庭師の話①
しおりを挟む奉公に出されたのは十の時。
末の弟を産んでから体を壊しがちだった母親が死んだ。
母が死んで半年経った頃に父が言った。
「親方の知り合いが下働きを探してる。すまねえが行ってくれないか」
兄弟が五人いて、職人とはいえ雇われだった父親の稼ぎじゃ食うのがやっとだった。
それでも父と母は仲が良くて、俺たちは幸せだった。母が笑ってくれれば隙間風の吹く家の中ですら暖かい。
だが、父は、母が死んでから生きる気力を失くした。必死で気力を振り絞って子どもの為に働いている。それでも塞ぎがちになり、目に見えて痩せていく。
一番下の弟は、ようやく二つになったばかりだ。母親を恋しがって泣くのを、自分のすぐ下の妹が背負って世話をしていた。
同じ年齢の子どもたちよりも体が大きかった俺は、村のこまごまとした頼まれごとをずっと引き受けて働いている。でも、自分が行けば、もっとたくさんの金が手に入る。弟妹が飢えずにすむ。
俺は頷いた。母さんが死ぬ前に「あの子たちを頼む」と言ったから。
母親が言ったのと同じ言葉を妹たちに言って、家を出た。
連れて行かれたのは、領主である貴族の館に出入りしている庭師の家だった。腕のいい親方の元で、弟子が何人も働いている。やることは山ほどあった。掃除に洗濯、食事の手伝い。女たちの間で言いつけられた用をこなした。朝から晩まで働いて、泥のように眠る。
ある日、食事が出来たと作業場に親方たちを呼びに行ったら、見たこともないほど美しい花があった。
辺りに漂う甘い香り。大きく咲き誇る真っ白な花が立派な鉢に植えられていた。
親方や弟子たちが満足気に眺めている。
「これならば、気に入ってもらえるに違いない。間に合ってよかった」
目を丸くしている俺に、機嫌のいい親方が声をかけてくれた。
これは領主から頼まれたものだ。
王妃様に二番目の王子が生まれた祝いに、王宮に届ける花なのだと。
その日から、俺は親方たちの仕事が気になって仕方がない。
元々花は好きだった。母親が生きていた時は、畑の片隅で野菜と一緒に育てていたこともある。
職人たちが捨てた苗を拾って、こっそり見よう見まねで世話をした。花が開いた時、自分の胸にも、ぱっと明かりが灯るような気持ちになった。
奉公に上がって丸一年が経った頃、俺は親方に頼み込んだ。下働きのままでいい、少しでも庭師の仕事を教えてくれと。
怒鳴られるかと思ったが、親方は少し考えた後に頷いた。
一年前の王子誕生以来、親方の評判は上々で、仕事が増えていた。弟子も増えたが、修行の厳しさに辞める者も多い。
「お前は体が大きいし、手先も器用だ。弟子たちが捨てたものも上手に咲かせていただろう」
親方が、俺が花を育てていたことに気づいていただなんて。
職人たちの仕事も時々手伝っていた俺は、美しい花には多くの肥料が必要なことを学んだ。下働きの俺の仕事には、台所から出る屑の始末や鶏の世話もある。僅かな野菜の屑や鶏糞を混ぜ込んだ土を寝かせてから使うと、花はよく育った。
「明日から、作業場に来い」
俺の姿を見ると、兄弟子たちは驚いた。中には下働きの癖に何をしに来たと馬鹿にする者もいたが気にしなかった。
頭の中にはいつも、王子の為の真っ白な花が輝いている。
朝から晩まで夢中で仕事をこなす俺に、そのうち誰も何も言わなくなった。
五年が過ぎ、親方に呼ばれた。
「テオ、お前、王宮に行く気はあるか?」
「王宮? ⋯⋯何の話です、親方」
「今、王宮に仕える庭師を探している。もちろん腕の無い者はだめだ。お前なら、俺の名前で薦めてやれる」
「え。でも⋯⋯」
「お前は俺が仕込んだんだ。自信を持って行ってこい」
「親方⋯⋯」
初めて王宮の庭に足を踏み入れた日。
見たこともないような美しい花々と縦横に伸びる小道を見て呆然とした。
村の神官の話を思い出す。
『⋯⋯人は死んだら、女神様の元に行く。女神様は花がたくさん咲く、それはそれは美しい庭に立っているのだよ』
俺は、女神の庭に来たんだろうか?
口を開けて突っ立っている俺を、親方がせっつく。親方は、領主の使用人と共に俺を王宮に引き渡して帰った。達者でやれよ、と声をかけながら。
王宮での仕事は、親方のところで学んだことと基本は変わらない。
花や木の種類が多く、庭師たちも数多くいた。だが、幼い頃から奉公に出され、帰る家もない者はあまり多くはいなかった。
王宮庭師である新しい親方は、大層厳しかった。礼儀作法も身に付いていない俺は怒鳴られてばかりだ。それでも、食べ物と寝る場所があり、花や木々の世話ができる。俺には何の不満もなかった。
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