【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
153 / 202
第三部 父と子

ある庭師の話③

しおりを挟む
「⋯⋯俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」
 俺は親方と一緒に、毎日仕事をした。
 夕暮れ近くに、小道から四阿にやってくる人はいない。

 まるまる一か月も経った朝。
 俺は自分が育てていた鉢の中に、ふわりと開いた花を見つけた。
 王子が見たいと言っていた花。王子の瞳のように鮮やかな瑠璃色の花。

「⋯⋯王子様! 花が!!」
 ⋯⋯四阿に持っていかなきゃ。

 そう思った途端に、花の上に雫が落ちた。ぽた、ぽた、と。
 王子は、もういない。
 この花を楽しみに待っていると言ってくれた人は、もういないんだ。

 どうしていいか、わからなかった。
 鉢を抱えて仕事に向かう。
 親方が不思議そうな顔をしたので、王子に約束した花だと言うと、それ以上何も言わなかった。

 夕暮れと共に四阿に近づいても、誰の姿もない。優しい調べは聞こえず、小さな声で穏やかに話す王子たちはいなかった。
 四阿の近くに清水の湧く泉がある。
 いつも王子がのぞきこんでいた泉の近くに花を植えた。
 もしかしたら、隠れているだけかもしれない。どこかで見ていてくれるかもしれないと思ったから。



 ドンドン、と扉が叩かれた。寝坊したと慌てて目をこする。木の戸を開けると、真っ青になった親方が立っていた。
 
「テオ! 大変だ!! 奥庭を閉めるとお達しがあった」

 ⋯⋯閉める?
 ⋯⋯何を?

「奥庭だ!」

 親方の止める声が聞こえたけれど、それどころじゃない。小道を必死で走った。
 早朝から、奥庭の入り口に、たくさんの兵士が立っていた。次々に何本もの杭が運ばれて、地に打ち込まれていく。

 何で、何で、こんな⋯⋯。
 目の前に人が立ったことにも気づかなかった。

「お前は⋯⋯」
「騎士様!」

 いつも王子の側にいた凛々しい騎士が立っている。
 顔色は悪く、頬がこけていた。目の下にはひどい隈がある。

「騎士様! 騎士様、これは⋯⋯」
「この庭はこれより閉ざされる。もう二度と、開くことはない」
 絞り出すような声だった。

「そんな⋯⋯だって! 王子様の庭が!」
「王命だ。何人たりとも翻すことは出来ない」

 俺は、その場にへなへなと座り込んだ。涙がぼろぼろと零れる。
 奥庭の周りに何十本もの杭が打たれ、鋼鉄の扉が運び込まれた。
 輝く庭には、もう誰も入ることはできない。

 気持ちのいい風が吹き、花々が咲いていた。優しい音が辺りに響く。
 寝転がる王太子様の隣で、いつも笑っていた二の王子様。
 王子たちのいた場所が消えてしまう。あの温かな、優しい場所が。

 俺は、何度も何度も拳を地面にたたきつけた。土は涙で色を変え、手も顔も泥だらけになった。息が苦しい。涙はいくら流れても、止まってはくれない。
 騎士は、邪魔だと俺をどかそうとする他の兵士たちを止めてくれた。黙ったままずっと、隣に立っていてくれた。



 奥庭に誰も入れなくなって、三か月が過ぎた。
 俺は、鋼鉄の扉の前に立っていた。
 夕暮れが近くなると、一人の騎士がやってくる。毎日来ることもあれば、来ない日もある。ただ、決まって同じ時にやってくる。
 凛々しい顔立ちの騎士の瞳は、鋼鉄の扉を見ながら、何も映してはいない。ここにはない何かを探しているかのようだった。

 騎士の姿を見て、俺は地面に額を擦りつけた。
「騎士様。庭師風情の俺が、こんな口を聞くのはとんでもないことだとわかっています。でも、お願いです。どうか⋯⋯どうか、聞いてください」
 騎士は、何も言わない。

「庭は、誰も手入れをしなければすぐに荒れてしまいます。どうか、お願いです。庭の手入れをさせてください。⋯⋯王子様の庭が、消えてしまう。あんなに、大事に思ってらした庭が!」

 誰に頼んだらいいのかわからなかった。
 親方に言ったら、庭のことは忘れろと言う。
 王様の決めたことに俺たちが何か言うなんて、あり得ないことだ。首を刎ねられても文句なんか言えない、と。
 わかっている。でも、放っておいたら、あの庭はなくなってしまうんだ。王子の面影も残らなくなってしまう。

「二の王子が薨去され、国王陛下をはじめ誰もが悲しみに沈んでいる。奥庭のことなど忘れてしまいたいのだ」
「⋯⋯でも、王子様は。⋯⋯王子様は、きっと⋯⋯悲しまれます」
「其方ごときが亡き殿下のお気持ちを語ると言うのかッ!」

 怒鳴り声が上がり、恐怖で体がすくんだ。燃えるような瞳が自分に向けられる。
 怖くて怖くて体が震えたが、それでも自分には騎士以外に頼める人はいなかった。
「お願いです、騎士様。⋯⋯お願いします。俺に手入れをさせてください。俺に⋯⋯」

 自分みたいなやつが出来ることなんか、何もない。
 それでも、王子は笑ってくれた。
 お前が育てる花は綺麗だ、また見たい。そう言ってくれたのだ。
 思わず呟くたびに、涙が零れた。手も顔も涙と鼻水で泥だらけになった。

 気がついた時には、人の気配がなくなり、騎士の姿は消えていた。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです! 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜

MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。 竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。 ※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...