【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第三部 父と子

ある庭師の話④

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 何も出来ぬまま、一月が経った。
 親方が、息を切らしながらやってきて言った。
「⋯⋯テオ! 奥庭の手入れができるぞ!!」

 月に一度。ただし、一日のみ。
 親方と俺の二人だけが許された仕事だった。口外無用と念を押され、俺は王子の庭に入ることを許された。
 騎士がなんとかしてくれたのか、知ることは出来なかった。その後、いくら夕暮れに待っても姿を見ることはなかったから。
 広大な庭に親方と二人だけでは、出来ることなどたかがしれている。それでも、生い茂る草を刈り、小道を作って泉の近くを手入れすることはできる。花が枯れてもまた咲くことが出来るように。

 庭に入る時はいつも、咲いたばかりの花の苗を持っていく。だんだん涸れてきている泉の近くに花を植える。
 ここに来れば、王子に会えるような気がするのだ。あの方がどこかで見ていてくださるような気がする。

 ⋯⋯あなたにお見せしたい花が咲きました、王子様。

 王宮庭師の長だった親方が亡くなり、いつのまにか一番弟子と呼ばれた自分も弟子をとるようになった。弟子の中で最も口の堅い男を選んで、一緒に奥庭の手入れに連れて行く。
 ⋯⋯それから。


 それから、何と長い月日が経ったことだろう。





 足音が聞こえる。
 少し軽い、弾むような音だ。

「こんにちは! お邪魔するね」
 振り向けば、黄金の瞳の青年がにっこり笑う。
「どうぞ、イルマ殿下。今日はお一人ですか?」
「うん! シェンは後から来るよ。わあ、だいぶ進んだ!!」

 奥庭は、今、新たな造園計画に沿って、毎日多くの庭師が汗を流している。
 国王陛下も三日に一度は、そっと様子を見に来られる。
 三か月前に小道で会った青年が、フィスタの王子殿下だとは思いもしなかった。てっきり新しい侍従が迷い込んだのだと思っていたのに。
 奥庭で何度も顔を合わせるうちに、人懐こい殿下はよく声をかけてくださるようになった。

「ねえ、テオ。泉の近くにいつも花を植えてくれていた?」
「⋯⋯ええ。よくご存じですな」
「あのね、御礼がしたいんだって」
「御礼?」
「うん、ちょっと待ってて。あ、来た!」

「すまない、遅くなった」
 息を切らして当代の二の王子殿下が走ってくる。先代の二の王子にあまりによく似ておられて、お顔を拝見するたびに涙が出そうになる。
 深々と頭を下げていると、シェンバー殿下は先に立って歩きだした。

「テオ、こっちに来て!」
 イルマ殿下に腕を取られて歩けば、小道の先には、出来たばかりの四阿がある。
 国王陛下のたっての希望で、元の場所に新しい四阿が作られ、近くの泉の周りには花が植えられた。
 シェンバー殿下が腰を下ろし、布で包まれた荷を解くと、中から楽器が現れた。

「それは⋯⋯!」
「叔父上のリュートだ。父上がずっと保管しておられた」
「テオも一緒に座ろう」
「いいえ。いいえ⋯⋯私はここで」

 遥か昔、王子たちをひっそりと見つめていた場所に立つ。
 艶やかな色合いのリュートを持つシェンバー殿下に、懐かしい姿が重なる。

「イルマ。残念だが、私はそんなに楽器が得意なわけじゃない」
「でも、リュートは弾けるんでしょ?」
「まあ、王族の嗜み程度には」
「大丈夫、手伝ってくださるみたいだよ。⋯⋯泉と、殿下の気配がするもの。それに、ぼくもシェンがリュートを弾くのを聞きたい」
「うッ! わかった⋯⋯」

 にこにこと笑うイルマ殿下に、シェンバー殿下は困ったように眉を下げた。

 シェンバー殿下が、リュートの弦を指で撫でるようにして弾く。
 節くれだった指。少しだけうつむいた時の顎の線や流れる髪。遠い日のルーウィック王子が成長した姿が、そこに在った。

 夕暮れの庭園に柔らかな空気が流れ、静かに優しい音が響く。
 どこかで、魚が跳ねるように小さな水音がする。

 ⋯⋯これは、だ。
 何度も何度も聞いた、もう一度聞きたいと願った音だ。
 ずっと閉じていたはずの記憶がゆっくりと浮かび上がってくる。

 風が囁いた。
 ありがとう、と言われたように聞こえた。

 皺の増えた手で目を擦ると、近くに人が立つ気配がした。
「騎士様⋯⋯」
「この年になっても私をそう呼ぶのは、お前ぐらいだ」
 笑いが混じった声がする。凛々しい面差しは、年月を経て深く皴が刻まれ、目も鋭くなった。背の高い騎士の瞳が潤んでいる。

 曲が終わり、シェンバー殿下がこちらを見て目を瞬いた。

「なんだ、其方も来たのか。ちゃんと今日の仕事は終わったぞ」
「存じておりますよ、殿下。いつも仕事のことばかり言っているわけではありません」
「顔を見れば、引継ぎのことばかり言ってくるではないか。気の休まる暇もない」

 年をとったせいだろう。騎士様がシェンバー殿下のお側に立つ姿に、目頭が熱くなる。
 イルマ殿下が、素早く隣にやってきた。

「ね、テオ、聞こえた?」
「⋯⋯え?」
「ありがとう、って。⋯⋯統轄司令官にも、届いたかな」

 すぐに返事が返せなかった。背を優しく撫でられて、情けなくも新たに涙をこぼすことになった。


 次の春のために、たくさんの花を育てよう。
 あの方が喜んでくださった花々を、もう一度心を込めて咲かせよう。
 ──きっと、女神の元から、この地上を見ていてくださると思うから⋯⋯。







 【ある庭師の話 了】



🌟お読みいただき、ありがとうございました。クリスマスあたりにリクエスト番外編を投稿します。
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