【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
158 / 202
第四部 婚礼

第4話 恋は病②

しおりを挟む
 
 柔らかな唇を味わうように、シェンバーがそっと舌を伸ばす。つんと舌先を軽くつつかれ、やわやわとまれるうちに、イルマの眠気が吹き飛んでいく。
 瑠璃色の瞳が間近に飛び込んできて、イルマの心臓がドクンと大きく跳ねた。

『目は口ほどに物を言う』
 不意に、子どもの頃からよく聞かされた言葉がイルマの脳裏に浮かぶ。それなら、シェンバーの囁く言葉は、たった一つだ。吸い込まれる様に美しい瞳は、真っ直ぐにイルマに心を伝える。

 ──好きだ。

 ⋯⋯確かに恋は、病だ。
 心の奥深くにいつの間にか巣食って、自分を支配してしまう。何も知らなかった頃には、もう戻れない。胸の奥が強く痛んで、どうしようもなく苦しい。苦しいのが嫌なら止めてしまえばいいと思うのに、自分ではその痛みを取り除くことも出来ない。

 シェンバーの瞳から目を逸らして、イルマはため息をついた。

「⋯⋯ぼくは、姉上のように面食いじゃないはずなんだけど」
「イルマ?」
「昔、兄に言われた言葉を思い出したんだよ。美人はすぐに飽きるって聞いたけど、あれは嘘だ。シェンはとびきり綺麗だけど、全然そんなことないもの」

 シェンバーは、即座に言葉を返すことが出来なかった。自分の容貌を賛美されたことは数え切れないほどあったけれど、イルマに言われるのはまた違う。

「イルマは、⋯⋯私の顔が好ましいと思う?」
「シェンは、女神に愛された人だと思う。フィスタでは、容貌の美しい者や才のある者をそう呼ぶんだ」
「真に女神に愛された者に言われるとは思わなかった。いや、私にとって大事なのは、女神じゃなくてイルマがどう思ってるかってことなんだ」

 シェンバーは自分の不敬な発言に気づいているのだろうか。イルマは女神に心の中で許しを請うた。

「綺麗なものは好きだよ。でも、シェンは、⋯⋯シェンだから好き」

 絡めた指も口づけも、全てが熱かった。イルマはシェンバーの首に手を回し、シェンバーはイルマの体を長椅子にゆっくりと横たえる。流れるようにイルマの服を剥ごうとして、シェンバーはぴたりと手を止めた。

「⋯⋯イルマ、この流れはまずいと思う」
「えっ?」
「このところ、イルマも寝不足だろう。婚儀まで体調を整えるのは大事なことだ」
「え⋯⋯。あ、うん」

 真面目に自分の体を心配するシェンバーに、イルマは急に恥ずかしくなった。何だか自分ばかりどきどきして盛り上がっていたような気がする。思わず首に回した手を外そうとすると、強く抱きしめられた。

「⋯⋯シェン」
「離れないで、イルマ。我が儘を言ってるのはわかるんだ。⋯⋯でも」

 耳元で囁くシェンバーの言葉は、イルマには甘い毒だ。昂る自分を押さえるのが苦しい。互いに体を抱きしめたまま、二人は長い間、動けずにいた。
 首に回ったイルマの手から力が抜けたのに気づいた時、シェンバーはゆっくりと体を離した。眠っているイルマの目尻に小さく光るものがある。やるせない気持ちで口づけを落とし、そっとベッドに運んだ。大切な大切な宝を運ぶように。


 イルマが目を開けた時、シェンバーはイルマの背に手を回したまま、ぐっすり眠っていた。
 未だ朝の光の入らない部屋は、夜明け前に違いない。吸い込んだ空気は冷たいのに、腕の中は暖かなままだ。起きようと思っているのに、なかなか離れられない。イルマは暫くの間、じっとしていた。
 ⋯⋯ゆうべ、自分はいつの間に寝台に向かったのだろう。
 逞しい腕が運んでくれたのだろうと思うと、自然にイルマの口許に笑みが浮かんだ。

「おはよう。⋯⋯シェン」

 シェンバーは人の気配に聡い。柔らかな寝息をたてている姿を、以前はろくに見たことがなかった。それは幼い頃からの訓練の賜物だと聞いている。
 ⋯⋯自分の前で寝息をたてる姿を見るようになったのは、いつからだったのか。

「今は、安心してくれてるのかな」

 閉じた瞼が開けば、夜明け前の空の色が目の前に広がる。深い色を湛えた煌めく瞳を、何度見ても美しいと思う。
 イルマはシェンバーの頬にそっと口づける。名残惜しい気持ちを振り切って、静かにベッドを抜け出した。



 婚姻の儀が近づくにつれて、国全体が華やかに、浮かれた雰囲気になっていく。

 大国であるスターディアの王子と圧倒的な尊崇を集める女神の国の王子。二人の婚姻に、諸国からは、たくさんの祝辞が贈られた。 
 スターディアと姻戚関係を結びたがった国々の中には、第二王子の伴侶が男だと知ると側妃を送り込もうとする動きもあった。しかし、ことごとく断られ、大国の不興を買うのを恐れて話は立ち消えた。

 王宮の一部に招待客たちの宿泊先が用意され、祝賀の空気はいや増すばかりだ。
 当日まであと十日と日が迫っていた。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです! 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜

MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。 竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。 ※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...